オバマ大統領はTPA法案を運よく通せても、TPP交渉で譲歩できない
- 2014/1/21
- 国際, 政治
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米国TPP首席交渉官が語った議会と交渉官の関係
時間が経って人も少なくなってしまい、やはりバーバラは来なかったのか、もう帰ってしまったのかもしれない・・・と思いながらもその場を立ち去れずにいたところ、突然「バーバラと挨拶できたよ!」という方が現れました。彼女は先に帰ったのではなく遅れて会場に入ったようでした。
さっそくバーバラの近くに移動して、質問する順番を待ちました。人もまばらになり、リラックスした表情のバーバラは、米国のステークホルダーたちと談笑しながら「毎晩電話で議会に報告をしているが、議会が交渉結果に満足してくれない。我々が苦労して相手の譲歩を勝ち取っても、それでは足りない、もっとこうしろ、ああしろと要求をしてくるので、毎晩ストレスだわ。」と、聞きもしないのに交渉官と議会の関係について話してくれました。まさか隣りでにこにこと黙って話を聞いている日本から来た女性が、自分がおそらく一番聞かれたくない質問をぶつけてくるなどと、思いもよらなかったのではないでしょうか。
このときのバーバラの話は、GEの副社長であるバーティア元USTR次席代表が、2012年4月24日に上院財政委員会の公聴会において、交渉ラウンドが行われている際、交渉官が議会とどのように連携するかを証言した内容を裏付けるものでしたから、やはりTPAがない状態でも議会からの干渉があるんだなあと不思議な感慨を覚えました。同時に彼女のストレスの元凶である議会との関係について質問するのは気の毒かもしれないと気が引けましたが、バーバラを目の前にしてTPA法案について聞かなければわざわざブルネイまでやってきた意味がない!と思い直し、質問できるタイミングを待ちました。
そして会話が途切れるのを見計らい、思い切って「TPAはいつ取得するつもりですか」と尋ねました。それまで朗らかに受け答えしていた彼女の表情が一瞬にして曇ったのは言うまでもありません。「まだTPAは持っていませんが、議会とは話し合っていますし、近いうちに取る準備をしています
と短く答えて、すぐに次の人の対応をまた朗らかに始めました。あまりにも予想通りの反応でしたが、交渉官が議会の指示で交渉していること、米国の交渉官にとって表向きTPAを持たずに交渉していることが相当なプレッシャーになっていることは確認できました。
TPA法案の先行きは不透明
というわけでTPA法は単に大統領に交渉を一任するための法律ではなく、米国の利益を最大にできるよう、交渉の目的を明確に設定し、交渉において議会が憲法で保証された意味のある役割を担うための法律ということがお分かりいただけたと思います。
とはいえ2002年TPA法案には交渉テキストへのアクセスに関しての具体的な記述がなく、現在、特定の議員のみが一定の制限下でアクセスするだけであることが問題となってきました。ですから今回提出されたTPA法案で私が最も注目しているのは、連邦議員が通商交渉にどこまで関わることを求め、認められるかというところでした。法案を通すためには交渉の内容を議員に説明しなければならないですし、連邦議員の中で交渉テキストを見た人が増えれば増えるほど、リーク文書やそのほかの形で交渉の中身が世の中に知られることになるからです。結局、現状ではまだまだ議会の有意義な交渉への関与を徹底させる内容とは程遠いとして、民主党の主要議員がこの法案を認めないと即座に表明しています。
今回提出された正式な法案名は「the Bipartisan Congressional Trade Priorities Act of 2014/2014年超党派議会通商優先法(※直訳。正式訳は政府見解を待ちたい)」となっていますが、そもそも下院歳入委員会では共和党のキャンプ委員長のみの提出ですので超党派になっていません。共和党としては民主党からも共同提案者を出させて、なんとか超党派としたかったのですが、誰一人として民主党から共同提案する議員がいませんでした。民主党の歳入委員会ランキングメンバーのサンダー・レビン議員が早々と今回のキャンプ・ボーカス法案に反対を表明していましたので、TPA法案を支持する民主党議員もいたのですが、11月の中間選挙を控えて党が割れるような言動を慎まなければならない時期ということもあり、結局下院はキャンプ委員長一人の提案となったのです。
報道などによると、大統領側としては一度出してしまってもし法案が通らないと、その後数年間は同じような法案を再度出すことができなくなりますので、勢いよくこの法案を通すために民主党議員の支持が得られてから出したいと考えていたようです。ところがこのように多くの民主党議員が反対している状況で出さざるを得なかったのには、これまでTPPをけん引してきたボーカス委員長が中国大使になるために、予定より早く上院財政委員会の職を離れることになったことが大きいのではないかと考えています。
後任になるとみられているワイデン議員は、2012年5月に大統領に宛てて、交渉の中身を公開せよと迫ったことで有名ですが、TPA法そのものへの賛否に関して直接判断することは避けながらも、キャンプ・ボーカス案には明確に反対しています。財政委員会の委員長として、ワイデン議員がその気になればTPA法案に対する審議を開かないで放置することも可能です。そうなるとTPP交渉参加国はやる気をなくしてしまうでしょうから、TPPそのものがとん挫してしまう可能性が高くなってきます。ボーカス議員側は議員生活最後の大仕事として1月中に公聴会を開き、上院財政委員会での投票を済ませてしまおうと、一か八かの賭けに出たとみています。
今のところ、証言すると思われたフロマンUSTR代表が公聴会を欠席し、政府のTPA法案を通すための努力が足りないとして、オバマ大統領が本当にTPA法案を通すつもりがあるのかが疑われています。ますますオバマ大統領と安倍首相が結託して新自由主義からの決別を画策しているのではないかという妄想が膨らみますが、交渉はあるとき突然まとまることもあります。また、議会はEUと交渉中のTTIPに関しては肯定的なのでTPA法案を通す可能性もあるとする見方もありますので、今後も注意深く成り行きを見守っていかなければなりません。
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コメント
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2014年 2月 05日トラックバック:【東田剛】ウィキリークスで暴露 | 三橋貴明の「新」日本経済新聞
TPPで検索していたら、このサイトにたどり着きました。どれも立派な記事で大変参考になりました。TPAはちょっと違っていて、そもそもTPA(2007年失効)と2014年TPAはまったく異なったものです。小生の分析も載せておきますね。
首藤
2014年貿易重点法(TPA)とは何か? 2014年1月13日
TPP阻止国民会議事務局長
前衆議院議員 首藤信彦
1. 民主・共和共同提案2014年貿易重点法(TPA)とは何か?
3年半に渡って続けられたTTP協議が最終段階に来て失速し、昨年末のシンガポール閣僚会合においても、大枠合意も成立することがなかった。その最大の問題は、交渉の最終局面においてもTPPを主導するアメリカ政府(USTR)自体が、アメリカ憲法上、貿易交渉の権限を持たず、TPP協定を成立させるには、まずアメリカ政府自体(オバマ大統領)が議会より、貿易交渉包括権限であるTPA(Trade Promotion Authority)を獲得する必要があったからである。
ところが、アメリカ政府は財政の壁や外交内政の失政のために議会の支持がきわめて脆弱で、さらにTPPの秘密交渉により貿易協議から阻害されたと感じた議員から強い不満が表面化してきた。昨年には与党の民主党下院議員151名よりなるオバマ大統領あて抗議書簡が出され、TPAによるFAST TRACK(追い越し車線)を供与することはできないと宣言されてしまった。
このような状況において、秋の中間選挙を目前にしてTPP合意の最後の機会でもある、2月の閣僚交渉、そして4月に予定されているオバマ大統領のアジア訪問を前に、アメリカ政府の交渉取りまとめを促進するために、民主・共和両党のTPP推進議員が合同でTPA法案を1月に議会に提出し、それがそのまま迅速に成立することはないにせよ、少なくとも交渉においてアメリカ政府の背後を押す効果があると考えられた。
そして1月9日にBipartisan Congressional Trade Priorities Act of 2014(BCTA2014)が議会に提出されたのである。
<提出者:上院/財政委員長ボーカス議員(D)ハッチ議員(R)
および下院/歳入委員長カンプ議員(R)>
2. Trade Priorities Act=TPA≠TPA=Trade Promotion Authority!?
今回、両党連合で提出された法案の省略形はTPAであり、これまで議論されてきたTPAと一見同じに見える。おそらくその効果をねらって、このような名称にしているのであろう。しかしながら、これまでのTPA(2007年失効)がアメリカ政府と大統領に、大きな貿易交渉権限を授与することを内容としているのに対し、今回のTPAはアメリカ政府が複数の巨大貿易交渉を進めるに当たっての重点・優先テーマ(Priorities)を提示しそれを実現することを求めているのである。しかも、それはTPPだけでなく、EUとのTTIP(環大西洋貿易投資協定) さらにジュネーブで交渉が行われている新サービス貿易協定(TiSA)をも包含している。
これはまさに世界経済における膨大なテーマと50カ国・地域に達する国々との交渉という壮大な交渉計画であり、その実現には内容の精査にも、影響の分析にも長期間が必要となる。このような包括的で巨大な貿易交渉権をアメリカ政府と大統領に短期間に採決して授与することは、たとえオバマ大統領が議会から圧倒的支持を受けていたとしても、容易ではないだろう。まして政府が予算案を通すこともできずにシャットダウンに追い込まれるような状況の大統領が、歴史上かってないような例外的巨大権限を議会から授与されることは現実的に考えにくいのではないか?
さらに問題は、貿易以外の理由から政府が安易に妥協できない要求、たとえば貿易
交渉参加国の通貨操作禁止などが含まれていることである。
それはアメリカ自体の財政金融政策にも影響がある。同時に、今回TPAにおいては議
会側のフラストレーションを反映して、貿易交渉への直接的な議会関与を生むことに
なる議会への不断の情報提供や、両院における貿易交渉協議組織設置など、非公開・完
全秘密のTPP交渉自体が成り立たないような要求が議会から突きつけられている。
このような要求はオバマ大統領もUSTRも呑めるはずがなく、その一方で、TPAに書かれたアメリカ中心主義(例えば、貿易協定が成立してもアメリカ国内法は変えない...など)はTPP交渉参加国をしらけさせ、早期締結へ圧力をかけるUSTRに対する不信感はいっそう募ることにつながる。スノードン事件でアメリカに盗聴されていたことが暴露されたTTIP参加予定のヨーロッパ各国の反発も激しいものとなろう。
そう考えると、今回の法案は、それが大統領に即時に巨大な権限を授与するというより、このような目標にむかって努力せよという意味合いが強い。むしろ、法案成立よりも、法案審議の過程において早くTPPの合意をまとめろという議案提出者の意図があると疑わざるを得ないのである。
3. 今回のBCTPA2014の趣旨を上院財政委員会及び下院歳入委員会の政策スタッフによる法案説明メモ(一部に不明な部分あり、確認の時間がないので、あくままでも仮訳であることをご理解いただきたい)を中心に以下にまとめた。
(1)確固たる貿易アジェンダ
政府(administration)は議会との協議を続けながら、確固たる貿易交渉のアジェンダ実現に努力する。
*アメリカは11のアジア太平洋諸国(TPP)、28のEU諸国(TTIP)、TISA(サービス貿易交渉)に参加する22カ国、そしてWTO参加159カ国と交渉する
*TPP参加国、TTIP参加国のとの交渉は10億人の市場、世界全体のGDPの2/3そして貿易の65%をアメリカに開放する。TISAは世界GDPの50%に相当し、世界のサービス貿易の70%をカバーする。
*2007年に失効したTPA(貿易促進権限)を刷新することは、これらの交渉を成功裏に締結することおよび、議会における立法にとって不可欠なものである。
(2)既存の法を強化・改善する
*政府は、議会が指示する交渉目標に従って、議会の特権を着実に守り履行する。
*交渉における事前・途中・および終了後の情報提供要請に対して、確固としたアクセスおよび協議を確立する。このことが、国民および議員にオープンで透明なプロセスを保証する。
*議会特権を堅持し、修正なしの協定案の可否のみを決定する方式にて、議会に貿易協定の承認に関し最終決定権を与えること。
(3)21世紀型の交渉目標
このTPAによって、議会は明確で野心的な貿易交渉目標を政府に対して提示し、同時にアメリカの貿易相手国にも、アメリカ議会の要望を通告するものである。TPA2014はこれまでの交渉目標を更新、近代化し、アメリカの貿易協定が世界で最も優れたものであり、アメリカ製品、サービス、投資の市場を開放するためのものである。
*デジタル時代に適合した新しい製品・サービスの目標を確立する
新しくまた拡大された条項によって、国民経済のすべての産業分野に便益を生みだすサービスの役割を認識し、貿易を促進し、野心的なTISA交渉を推進する。国境を超えるデータの流れの保護を含め、デジタル貿易促進のための目標を更新し、国際商業活動におけるインターネット重要性を認識する。
*農業ルール強化
確固としたまた強制可能なPSPを求め、地理的表示の不適正さを監視する。
*投資のバランスのとれた目標を堅持
TPA2014は国境を越える投資に対する障壁を消滅させ、アメリカの投資家を不公正な待遇から守るための強固な目標を堅持
*知的財産権の堅持
サイバー窃盗を解決し、貿易秘密を守り、正当なデジタル貿易を促進する。また、交渉目標はアメリカ法と同等の高いレベルの知財保護を獲得するための貿易交渉、また、貿易合意が技術革新や医薬品へのアクセスを促進することを求める。
*労働と環境の更新
アメリカの最新の貿易協定を参照しつつ条項を更新し、貿易相手国が国際的に認知された核となる労働基準を履行することを保持し、それを回避したり劣化させたりすることのないようにする。
*通貨操作問題に取り組む
新たに初めて取り入れられる条項は、たとえば、相互協調的なメカニズム、強制可能なルール、報告、経常監視、透明性などによって、貿易相手国が為替レートを操作することを禁ずることに向けられる。
*規制慣行の改善を求める
規制慣行、規制の一貫性、規制の融和性(compatibility)、規制および基準形成プロセスにおけるより強い透明性を求める新規の更新された条項。そして政府の規制賠償制度が透明で、手続きが公正かつ無差別であること。
*貿易に対する現地化障害への取り組み
アメリカの製品およびサービス貿易に対する現地化強制ないし類似の障害に対して新たな交渉目標を設定
*グローバルな価値連鎖(value chain)の推進
アメリカがグローバル規模で展開する価格連鎖に参加し、さらに貿易協定が貿易および投資活動におけるより相互連関的でマルチセクターな性格を反映するような新条項
*強い強制力
アメリカの貿易協定における強い紛争解決メカニズムを保証するように大統領を指導
*貿易矯正手段の確保
アメリカの貿易諸法を厳格に執行する能力の確保
(4)議員および国民との協議の強化
新たなそして拡大された条項が議会にパワーを与え、交渉において議会が有意義な役割を演じることを可能にする。
*条文(text)へのアクセス:すべての議員が交渉中の条文にアクセスできることを法令で定める。
*議会との協議の強化:USTRに対し、いついかなるときにも関係議員と面談し協議することを要求する。交渉の前、途中、交渉後に協議しなければならない範囲の拡大
*交渉過程にすべての議員の参加を許可する:すべての議員が議会アドバイザーとして任命され、すべての交渉に正式に立ち会う。
*貿易交渉において上下院にアドバイザーグループを設立する:進行中の貿易会議の監視のために両院にアドバイザーグループを創設し、定期的に会合を持つ。すべての議員が自己の見解を述べる機会を与える。
*透明性を高め、市民とアドバイザーグループとの協調を推進:透明性確保とともに、アドバイザー委員会との情報共有に関する成文ガイドラインに基づき、市民参加のプロセスを要求
(5)法を執行する際にも議会関与:この新しい拡大された条項は、議会が法執行をコントロールし、修正なしに熟慮のルールを提供することを保証する。
*TPAを延長する:TPAを4年間延長し、必要ならさらに3年間延長するーこれにより、次の大統領までこの権限を延長できる。
*確固たる報告の要請:貿易協定のもたらす影響についての報告を拡大し、すべて公開する。
*アメリカの主権を守る:貿易協定は議会の承認なしにアメリカの法律を変える事はできない。
*貿易法案を施行する範囲の明確化:法案を施行する際は、「これらの条項は貿易協定を履行するのに適切であり、明確に必要とされる限りにおいて」施工されると明記する。
*議会の監督強化:TPAの手続きは、定められた時間枠に完結した協定にのみ適合し、また発効手続きはより厳格でなければならない。
*交渉途中の貿易交渉への監視:TPAが交渉途中の貿易交渉にも、監視と協議の要請を含め適用されることを保証する。
*強い包括的な不承認プロセス:TPAは、貿易交渉が目標に合致せず不適切な進捗を見せる場合はキャンセルされる。そしてすべての指示および協議の要請には不承認が宣告される。
首藤先生
2014年TPAの詳細解説をありがとうございます。
もう読まれたかも知れませんが、これまでのTPAに関しましては、Lenore Sek氏の文献がいろいろな論文などに引用されており、とても分かり易い内容になっています。
IB10084: Fast-Track Authority for Trade Agreements (Trade Promotion Authority):
Background and Developments in the 107th Congress
http://www.cnie.org/nle/crsreports/economics/econ-128.cfm
滝井先生の
「大統領の通商交渉権限と連邦議会」
http://www.iti.or.jp/kikan69/69takii.pdf
の中には、Sek氏の論文の中から重要な部分が多く引用されていますので、一般の方にはまずこちらの文献を読まれることをお勧めしています。
今回のTPA法案に関しましては、法案の間は政府も詳細を翻訳してくれたりはしないでしょうから、今後も私たちが見張っていかなければならないでしょうね。今後ともよろしくお願いいたします。m(__)m