近代を超克する(29)対キャピタリズム[2]マックス・ウェーバー

『新約聖書』のイエスの言葉

 ヴェーバーのアイディアを考える上で、『新約聖書』におけるイエスの言葉ほど参考になるものはないでしょう。

[マタイによる福音書]
「はっきり言っておく。金持ちが天の国に入るのは難しい。重ねて言うが、金持ちが神の国に入るよりも、らくだが針の穴を通る方がまだ易しい。」

[マルコによる福音書]
「財産のある者が神の国に入るのは、なんと難しいことか。」
「子たちよ、神の国に入るのは、なんと難しいことか。金持ちが神の国に入るよりも、らくだが針の穴を通る方がまだ易しい。」

[ルカによる福音書]
「あなたに欠けているものがまだ一つある。持っている物をすべて売り払い、貧しい人々に分けてやりなさい。そうすれば、天に富を積むことになる。それから、わたしに従いなさい。」
「財産のある者が神の国に入るのは、なんと難しいことか。金持ちが神の国に入るよりも、らくだが針の穴を通る方がまだ易しい。」

『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』についての検討

 プロテスタンティズムが歴史の中で、意図せずに資本主義文化の発達を促進する役割を果たしたというのがヴェーバーのアイディアです。その上で、資本主義社会の機構が確立すると、禁欲的プロテスタンティズム自身も歴史の背景に退くことになったとヴェーバーは考えています。
 しかし、『新約聖書』におけるイエスの言葉などを参照すると、ヴェーバーのアイディアは、どうとでも言えてしまえるものの一つにしか思えなくなります。多くの貨幣を獲得した金持ちに対するイエスの見解と、貨幣獲得を天職だと見なすプロテスタンティズムの見解には、無視できない奈落が横たわっています。
 はてして、天職理念を土台とした合理的生活態度が、キリスト教的禁欲の精神から生まれ出たと言えるのでしょうか? 言えるとしたら、それは一体何によってなのでしょうか?
 その何か、は、いったい、どのような呪いなのでしょうか?

ヴェーバーの外に立つ

 資本主義とは、18世紀末イギリスに起こった産業革命の後、19世紀中ごろからイギリスで使われるようになった言葉です。
 ニュートン力学などの科学技術は、人類に異常なまでの恩恵をもたらすことになりました。その科学技術と、それにブレーキを掛ける道徳の不在によって、資本主義と呼ばれるような資本の利益と蓄積をひたすらに追い求める異常な状態が現れることになったのです。
 それは、おそらく、人類史のどこで発生してもおかしくない事態だったのです。しかし、歴史を巻き戻すことはできませんから、それは、どこか特定の地点で発生することになります。そして、その地点は、その理由を求め出すことになったのです。その要請により、そこには無理筋な理屈が生み出されることになったのです。
 それは、たまたま偶然にもそこで生まれたのではなく、そこで生まれる理由があった、ということになったのです。なぜなら、その方が、そこにとって都合が良いからです。
 これが、資本主義の精神の発生メカニズムを生み出した、その、呪いのメカニズムです。


※第30回「近代を超克する(30)対キャピタリズム[3]ケインズとシュンペーター」はコチラ
※本連載の一覧はコチラをご覧ください。

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西部邁

木下元文

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投稿者プロフィール

1981年生。会社員。
立命館大学 情報システム学専攻(修士課程)卒業。
日本思想とか哲学とか好きです。ジャンルを問わず論じていきます。
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