見える化されてしらけたオーディション
私もこのオーディションをリアルタイムで見ていました。
何より印象的だったのは、これまで、モーニング娘。の選考といえば、ASAYANでも1ヶ月以上かけて情報が小出しされて、最終的に追加されたメンバーの展開で驚くといったものでした。何より、そうやって時間をかけていくことによって、視聴者たちもメンバーを選考している当事者意識を醸成していくわけです。
しかし、「LOVEオーディション21」は2時間の特番にその過程を突っ込んでしまったわけです。確かに、話題性としてはよかったかもしれませんが、視聴者としては、受かったメンバーにも落ちたメンバーにも感情移入できなかったわけです。
そのため、この「LOVEオーディション」で選出された、高橋、新垣、小川、紺野に対して、「この子じゃない感」が強く残りました。これは、私だけでなく、当時、モーニング娘。をウォッチしていた友人も声をそろえて同じような意見を述べていました。
本来であれば、ASAYANの週ごとの放送の中で醸成されていった、番組側と視聴者側の合意が、2時間特番という中では作りきれなかったということです。
突然終わった90年代
さて、もう少し、マクロの視点から考えてみましょう。
この「LOVEオーディション21」が放送されたのは、2001年8月26日のことでした。Report.2で定義いたしましたが、90年代の終わり、つまり20世紀の終わりは、2001年9月11日に起こった世界貿易センタービルへの自爆テロでした。
皮肉にも、「LOVEオーディション21」から2週間ほどしか経っていませんでしたが、21世紀が突然幕を開いたが故に、モーニング娘。仕掛ける企画自体がこれまでほど、メディアの中心に据えられることは減っていってしまったのです。
さらに、2002年は日韓共催のワールドカップが行われ、ナショナリズムとエンターテイメントが色濃く結びついていく時代へと移っていきました。深い分析は避けますが、これは、90年代後半以降に進んだグローバル化と911以降の世界情勢の中で、自分の立ち位置を確かにしたい日本国民の心情を反映した動きだったといえます。
そのような変化の中で、「LOVEマシーン」以降のモーニング娘。のトレンドは一気に取り残された感を与えるようになりました。
モーニング娘。はベンチャー企業のスタートアップだった
後日談に近くなりますが、つんくが小室哲哉と違う大きな点は、やはり事務所を立ち上げ、モーニング娘。以降も人材を育成していく組織を作り上げたことだと思います。
今や、ハロプロという事務所自体が大きな勢力となっていますが、それも初めは1人のアイドル好きだった歌手がとりくんだ、「モーニング娘。」という新規事業から始まったわけです。そういう意味では、ハロプロというベンチャー企業のスタートアップだったといえるでしょう。
そういう意味で、「モーニング娘。」はアイドルの歴史のみで語られるべきではなく、社会史や戦後日本の組織史といった枠組みで語られていく現象だったのかもしれません。
※次回は12月7日公開予定です。
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