中国人留学生のグローバリズム批判

 まず、まだ日本に来て1年ほどなのに、40分足らずの間にけっこう長い日本語資料を読み解き、これだけの文章が書けるというのは、他はいざ知らず当大学の平均学力水準を考えると、相当な語学力と言わなくてはなりません。

 しかしそのことよりも私が感心したのは、その鋭く明快な批判力です。まさに多くの日本人が抱き続けてきた自虐史観、対米コンプレックスの真逆路線ですね。彼女は、自国の文化に誇りを持てない民族など三流民族ではないか、日本は偉大な国ではないのかと、私たちを強く叱咤激励しているわけです。

 日本の保守派が左翼に対してこういうことを言っても、それは自虐史観が中核を占めてきたいわゆる「戦後レジーム」の言論空間内部の一種の反動現象としてとらえられ、それ自体「戦後レジーム」が内に孕む対立項の一端を指し示すものにしかならないでしょう。つまりはいささか陳腐なパターンとして映ります。

 しかし、中国の一学生からこのように厳しく指摘されると、本当に恥ずかしいことだな、という衝撃のようなものを受けないでしょうか。同時にこの指摘がまさに本質を突いているために、一種の痛快ささえ感じられます。さらに加えて、この指摘が堂々となされているところに、日本人とは違った中国人のしたたかな国民性がほの見えてもいます。末尾に「(歴史のことを考えないで)」と付け加えているのも、思わず苦笑(と言っては彼女に失礼かな)を誘いますが、これも「自分は祖国の歴史認識を正しいと考えている」というメッセージをさりげなく出しつつ、いっぽうで、それはいま問わないでおきましょうというポーズを示している。そうみなすなら、なかなか大人の態度だなと感じ入ることもできます。

 また、「日本という民族は偉い民族」だというのは、いくらかの社交辞令が含まれてはいるでしょうが、彼女が現に留学先として選んでやってきた国なのですから、半分以上は本音と見てよいでしょう。そこにはアジアで唯一の先進大国・日本に対する憧れと日本文化への好意的な感情が相当含まれていると考えられます。その本音からすれば、日本の教育行政や大学教育が英語へ、英語へと草木もなびくグローバリズム症候群に染まっているのに接して、「なんだこの国は、自国の文化を放り出して軽薄じゃないの」と、白けた気分になったとしても不思議ではありません。私は日本国全体とこの学生のために、そのことを心配します。

 以前、このサイトの「英語、英語と騒ぐな文科省」http://asread.info/archives/1156)という記事でも触れましたが、フランス、ドイツ、ロシア、中国、イタリア、スペイン、日本などの大国で、これほど英語コンプレックスに染まっている国は、まず日本以外には考えられないでしょう。そこには、アメリカに対する完膚なきまでの敗戦という事実が作用しているとはいえ、日本のそれは度を越しています。フランスやロシアや中国の大学が語学でもない分野ですべて英語で授業? お笑いです。私たちも自国の文化伝統の固有なあり方を、そのよい点悪い点両方を含めてよく自覚し、軽々しく英語グローバリズムなどに翻弄されないようにしようではありませんか。それが健全なナショナリズムというものです。

 最後に指摘しておきたいのは、次のようなことです。

 現在東アジアの国際政治は、みなさんご存じのとおり、相当ぎくしゃくしています。ことに中共政府の膨張主義と反日姿勢には目に余るものがあります。そのため私たちはともすれば、あの膨大な人口を抱えた大きな中国を一括りにして、その国民全体に対して悪感情を抱きがちです(現に嫌中、嫌韓本はいまだによく売れます)。もちろんこれには、単に国際政治という局面のみにとどまらないレベルでの、かの国の国民性に対する根拠ある違和感も絡んでいるでしょう。そういう意味では、簡単に「わかりあえる」などとノーテンキな夢想に耽ってはなりません。

 しかし、他方で忘れてはならないのは、政治を離れた具体的な個人と個人との生活的な接触のレベルでは、時と場合に応じて滑らかなコミュニケーションが不可能ではないという事実です。自慢のように聞こえるかもしれませんが、ちょうどこの学生の作文が訴えているメッセージが、私の心を多少ともよい意味で動かすことができたように。

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西部邁

小浜逸郎

小浜逸郎

投稿者プロフィール

1947年横浜市生まれ。批評家、国士舘大学客員教授。思想、哲学など幅広く批評活動を展開。著書に『新訳・歎異抄』(PHP研究所)『日本の七大思想家』(幻冬舎)他。ジャズが好きです。

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コメント

    • 岡部凜太郎
    • 2015年 5月 12日

    小浜先生失礼します。
    私が物心ついた頃からグローバルという言葉が中央政界から小学校まで世間の様々な場で騒がれていますが、英語の公用語とはグローバル化ここに極まれりと思って、なんとも言えない気分になってしまいます。
    このような風潮の先に、果たして何が待っているのか不安で堪りません。
    また、若者は保守的だ、内向き思考だと、最近、よく言われますが十代の私からすれば内向き思考を悪と捉えている知識人、経済人の方々は自国文化に自虐的な老害(言葉は悪いですが)と思って仕方がありません。もう少し年長の方には年相応に保守的になってもらいたいところです。(経済的自虐史観からの脱却)
    こういった思潮を正す為にも九州大学の施先生や京都大学の柴山先生ら若き保守派の方には頑張っていただきたいと思います。

  1. 岡部凛太郎さんへ

    コメント、ありがとうございます。

    「内向き」「保守的」などの言葉は、それ自体はネガティブなイメージはないはずなのに、こういう言葉で現代の若者を言い括って批判した気になっている人たちは、自分の軽薄な「外向き志向」「進歩的傾向」が、アメリカ発のグローバリズム追随でしかないことを自覚していないのですね。

    私の周囲には、岡部さんはじめ、物事をよく考える多くの若者が、その結果として、彼らの言う「内向き」「保守的」な位置を取らざるを得ない状況になっているようです。これを非難する彼らこそは「地球市民」や「コスモポリタニズム」を安易に気取る「戦後レジーム」症候群に罹患しています。そうして、この主力は、残念ながら、わが団塊の世代が占めているようです(笑)。彼らは、そのステロタイプ化した若者批判のパターンによって、かえって時代の流れを正確に見抜けず、物事をきちんと考えようとしないという意味での固陋な「保守派」なのです。

    一部の中高年世代の若者批判など、根拠がありませんから、どうぞ気になさいませんように。

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