フラッシュバック 90s【Report.10】ゲームセンターから卒業した私たち

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先日、ネットニュースを見ていると、このようなニュースが入ってまいりました。
シルバー世代の流入に沸くゲームセンター。でも、儲かってる?

記事によれば、現在のゲームセンターはシルバー世代、つまり高齢者のたまり場になっているとのことで、計算や指先を使うことでボケ予防にもいいんだそうです。

しかし、このニュースを見て、何だかさびしく感じるのは私だけでしょうか?

家庭用ゲーム機生まれゲームセンター育ち

上に紹介した記事にもありますが、ゲームセンターの店舗数は1986年に最高となり、その後、右肩下がりで減少しています。今では、大型ショッピングセンターやボーリング場の一角に寂れたゲームセンターのような施設があるぐらいです。

90年代、私が小学生の頃のゲームセンターといえば、今のように明るいものではありませんでした。

所狭しと並んでいる格闘ゲーム。同じ機種が20台以上も並び、どこからともなくスティックを必死で動かし、ボタンを連打する音が聞こえてきました。

その後ろには、UFOキャッチャー。アベック(この言い方も古いですが)がたまるのはその付近です。取れもしないアームでキャーキャー騒いでいる。

だいたい、店の手前には新機種のドライブ系のゲームが並んでおり、冷やかし程度の客はそこで時間をつぶしています。奥の方には、ルールもわからないけれども、いやらしいことが起こるであろうことはわかる、マージャンに景品引き換えのないスロット。

間違いなく、どのゲーム機にも灰皿がおいてあり、椅子のクッションはところどころ破れていました。

私の記憶の中でのゲームセンターはこんな感じです。

家庭にはないゲームセンターの殺気

私も、ネオジオのKOFシリーズにはまっていた頃、ゲームセンターには出入りしていました。お小遣い制でなかった私がゲームセンターで遊ぶには、親からもらったお金を若干ごまかしたりして、ためたなけなしのお金で遊ぶしかなかったわけです。

そのため、ゲームセンターで遊んでいること自体が背徳の象徴でもありました。しかし、それ故に並外れた集中力でスキルを身につけたものです。今では指が思うように動くのはタイピングぐらいですが。

その頃、ゲームセンターでは同機種で乱入できるモードがあり、アーケードバージョンを進めていくと、突如違う相手に切り替わることがあります。

ある日のことでした。昼下がりのゲームセンターで楽しんでいると乱入者が現れました。私は難なく退けたのですが、その後、続けてメンバーの変化こそあれ、何度も乱入し、そのたび、私の使っていたキング1人に排除されていました。

20回ほどでしょうか。私もさすがに疲れて帰ろうかとしたところ、少し離れた斜め前のゲーム台から絶叫とも怒号とも取れない、20代後半くらいの男性の声が聞こえました。

まだ、小学生だった頃の私は、一目散に逃げ出しました。すぐにわかったわけです。20回も戦ってきた相手と「リアルファイト」になるかもしれないと。

このように、互いを深く知らないものどうしが集まっているがゆえに、緊張感、あるいは殺気が支配しているというのもゲームセンターの魅力でした。

→ 次ページ「ゲームセンターを滅ぼしたプリクラとたまごっち」を読む

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西部邁

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