まともな思考ができるために日本語力を鍛える

SNSは思考を阻害する

 母語は、その国で育っていればだれでも話せるので、ほとんどの人がその使用に際して不自由を感じません。一般に言葉というものは、生活のあらゆる場面で使われますから、流通しさえすれば特に支障はないと思われがちです。また多くの場合、そう考えても差し支えないでしょう。
 しかしみなさんよくご存知のように、少し複雑な表現が必要な場面になると、たちまちコミュニケーション・ギャップが生まれますね。それぞれが使う語彙に込めている概念が食い違っているとか、自分の思いにふさわしくない言葉を無自覚に使ってしまったとか。

 こういう事態に私たちはしょっちゅう出くわしているのに、自分たちは幼い時から母語を自然に使いこなしているのだから、特に練習とか訓練とかを積む必要はない、と高をくくっているのですね。つまりはそこに重大な油断と見落としがあるのです。

 先に、他の表現・制作と比較して、言語表現だけが特別の訓練過程を必要としないかのような不思議な状態が許されていると書きましたが、じつはこれは不思議でもなんでもないのかもしれません。言葉というものが、通常は芸を磨くための特別の作業としてあるのではなく、生活のあらゆる場面で使われることから生じる必然的な落とし穴なのでしょう。

 おまけに、ここへきてSNSをはじめとしたネット上での書き言葉表現が爆発的に広がっています。これらは多くの場合、なにかの刺激に対する瞬間的な反応であり、じっくり時間をかけて書くものではなく、しかもその場の感情のストレートな表出にすぎません。これでは自前の思考力は鍛えられないだけでなく、かえって思考=表現の習慣をつけることにとっての大きな障碍となる可能性が高いでしょう。誤解、誤読に基づくつまらぬ「炎上」なるものも頻繁に起こっているようですね。こういう傾向が支配的になると、思想が思想として伝わらなくなる危険が大きい。

 私は何も「よい文章」とか「名文」の書き方を覚える必要があるなどと高級なことを言っているのではありません。できるだけ多くの日本人が普通に通用する文章を書けるようになり、人が書いている文章の趣旨を正確に冷静に受け止めるようになってほしいのです。

日本語力を鍛え、思考を高めよう。

 しかしその達成のためには、学校で行われている漢字の読み書き訓練や、教科書に載っている模範的な文章の漠然たる読解だけでは、決定的に不足しています。ピアノを習うときのバイエルやツェルニーをマスターするように、書き言葉を使いこなすための実践的な基礎訓練を長い時間をかけて行うことがぜひとも必要です。僭越ながら私は、そういう訓練を行うための年少者対象の塾でも開こうかと妄想している最中です。

 さしあたりここでは、まともな日本語の文章表現を誰もができるようになるには、どんな訓練が要請されるか、その具体的な方法を、初歩的な段階から順に思いつくまま列挙しておきましょう。ちなみに初歩的な段階とは、小学校高学年~中学校低学年くらいをイメージしています。

短い文章をいくつも書かせ、次の点をチェックする。
 ・テニヲハは正しいか
 ・語彙は適切か
 ・文の平仄が合っているか
模範的な文章をいくつか書写させ、なぜその文章が優れているかを解説する。
模範的な文章をいくつか音読させ、その言葉遣いの特長やリズム感などを体得させる。
非模範的な文章を提示し、どこがまずいのかを指摘させる。
自分が書いた文章を音読させ、その欠点を実感させる。
模範的な文章を要約させ、その文章の一番のポイントがどこにあるかを指摘させる。
やや長い文章をいくつも書かせ、次の点をチェックする。
 ・情緒的な文章なら、その思いをうまく伝えることができているか
 ・論理的な文章なら、論理的な整合性が保たれているか
 ・同じ語彙の頻繁な反復が避けられているか
 ・冗漫な繰り返し、舌足らずなどはないか
 ・文章に適切なリズムが具わっているか
 ・脈絡のない文の羅列や目に余る飛躍はないか
 ・難解でひとりよがりな文章になっていないか
 ・誤解を招きやすい表現になっていないか
テーマを決めさせ、一定文字数以上の長い文章を書かせる。出来上がったら詳しく添削指導する。(卒業作文)

 以上ですが、これらの方法は、あくまで実践(教師と生徒のやりとり)を通して達成されるべきもので、必ずしも、文法知識の講釈や課題図書の推薦などを必須としてはいないことを申し添えておきます。

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西部邁

小浜逸郎

小浜逸郎

投稿者プロフィール

1947年横浜市生まれ。批評家、国士舘大学客員教授。思想、哲学など幅広く批評活動を展開。著書に『新訳・歎異抄』(PHP研究所)『日本の七大思想家』(幻冬舎)他。ジャズが好きです。

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