思想遊戯(3)- 桜の章(Ⅲ) 和歌

第三項

 僕は、食堂で食事中の水沢を見つけた。今日は、水色系のショートパンツでカジュアルにまとめている。水色系は、水沢によく似合っていると思う。名字が水沢だし。
智樹「よっ。ここ、良い?」
 水沢は、パスタを食べていた。
祈「いいよ。」
 僕は向かいに座って、自分の持ってきたトレイを置いた。
智樹「なあ?」
祈「何かな?」
智樹「水沢は、和歌とか好き?」
 水沢は、きょとんとした顔をした。
祈「何かな? 急に?」
 それは、そうだろう。いきなり和歌を好きかどうか聞くのは、確かに変だと思う。
智樹「いや、別に。何となくだけど。」
祈「う~ん。なんか受験で頑張った気がするけど。」
智樹「そうだよなぁ。まずは、受験とか、そういう話になるよなぁ。」
祈「そういう話じゃないの?」
智樹「受験は終わったんで、その話はなしで。」
祈「そっか。」
 そう言って、水沢は静かに食事をする。水沢は、楽しそうに食事をするし頭の回転もはやいから、一緒に食べるのは楽しい。
 上条さんは、食事のときはどうなんだろう・・・。
祈「智樹くん。」
智樹「えっ、何?」
祈「何を考えていたの?」
智樹「え? 何が?」
祈「なんか、考えていたような気がしたから…。」
 僕はびっくりする。
智樹「別に、なんでだよ。」
祈「なにか、他の人のこと考えていたような気がしたから。」
 こいつは、エスパーか?
智樹「そんなことねえよ。」
 僕は、トレイに乗っている豚肉の梅しそ巻きにがっつく。いつもはうまいのに、今は味を感じる余裕がない。
祈「そうかな?」
智樹「そうだよ。」
祈「なんか、ムキになっているところがあやしいな。」
智樹「そんなことより、明日の講義の宿題はやったのか?」
 僕は、露骨に話題を変えたが、水沢は乗ってこない。
祈「智樹くんさぁ、文学部の子にでも惚れたのかな?」
 僕は、一瞬言葉に詰まる。水沢は、話し続ける。
祈「だってさ、いきなり和歌とかって、文学部の女子とかが関係してそうな気配がありありだよね? なんとか話題をつくって、お近づきになりたいって魂胆じゃないのかな?」
 うう、水沢も女だけに、勘がいろいろと鋭いなぁ。切れ味抜群…。
智樹「別に、文学部とか関係ないし。」
 嘘は言ってない。上条さんが文学部とは聞いてないし。文学部かもしれないけど。
祈「あ、やっぱり女の人のことなんだ。」
智樹「何でそうなるんだよ?」
祈「だって、文学部は否定したけど、女の気配は否定してないでしょう? 文学部ではないかもしれないけど、気になる女の人ができたってことじゃないかな?」
 こいつは、僕が思っているより遙かに鋭いやつなのかもしれない。嘘を吐くより、当たり障りのないことで誤魔化した方が良いかもしれない。
 僕は内心ドキドキしながらも、表面上は平静を装って応える。
智樹「まあ、確かに、ちょっと上の学年の先輩と話して、ちょっと和歌とかの話題になったことは確かだけど・・・。」
祈「へえ・・・、誰かな?」
智樹「別に、ちょっと話した程度だよ。ほら、今って桜の季節じゃんか。桜の和歌について、その人が少し教えてくれただけっていうか・・・。」
祈「ふ~ん。智樹君は、そういう古風な感じの女性が好みなのかな?」
 今日の水沢は、ずけずけと踏み込んでくる感じがする。
智樹「別に、そういうのが好みっていうわけじゃないけどな。ちょっと、和歌について語る人って珍しかったから、ちょっと聞いてみただけだろ。」
祈「まあ、和歌ではないけど、私はポエムとか書いたりはするかな。」
智樹「ポエム?」
祈「そう。」
智樹「どんな?」
祈「内緒。」
 そう言って水沢は笑う。うっ、なんか気になる。
智樹「なんだよ。そこまで言ったんなら教えてくれよ。」
祈「女性の秘密を探ろうとするのは、感心しないな。智樹くん。」
 微笑みながらそう言われると、引き下がるしかない。
智樹「そうだね。分かったよ。ごめん。確かに、ちょっと失礼だったよ。親しき仲にも礼儀ありだしね。」
祈「分かればよいのです。」
 そう言って、水沢は何事もなかったかのように、ご飯を食べ続けるのだ。

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