思想遊戯(3)- 桜の章(Ⅲ) 和歌

 死支度致せいたせと桜哉
 [七番日記]

智樹「死に仕度・・・。」
一葉「一茶の歌では、明瞭に桜と死というものが結び合わされています。何故、一茶はそんな歌を詠んだのだと思いますか?」
 彼女は、僕の瞳を覗き込んだ。僕は、ゆっくりと考えてから答える。
智樹「自身の老いを認め、死を身近に感じ始めたから、といった理由でしょうか?」
一葉「そうかもしれません。」
 彼女は静かに応える。僕は、疑問に思ったことを聞いてみた。
智樹「上条さんが重要だと考えている点は、死を身近に感じ始めた者が、死を語るのに何故、桜を持ち出し、桜と関連付けて死を語ったのか、ということですよね?」
 彼女は僕の質問を聞いて、嬉しそうに言った。
一葉「そうですね。死を身近に感じた者が、死を桜と関連付けて語ったのです。桜の木そのものではなく、桜の花を一つの生命としてとらえ、それを自身の生命と関連付けたとき、桜の花が散ることは、自身の死と重なります。」
 僕は、彼女の言葉にうなずく。
智樹「そうですね。そうだと思います。」
 彼女は薄く微笑む。
一葉「次の歌にいきましょう。」

 山峡に
 咲ける桜を
 ただひと目
 君に見せてば
 何をか思はむ
 [巻第十七-三九六七]

 彼女は、静かに語る。
一葉「山の谷間を埋める桜の美しさ。一日だけでもあなたにお見せできたのなら、何の物思いがあるでしょうか。」
 彼女は、魔法を唱えた。その魔法で、僕は惑わされるのだ。

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