思想遊戯(3)- 桜の章(Ⅲ) 和歌
- 2016/4/1
- 小説, 思想
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一葉「どうしてでしょうか?」
智樹「えっと・・・。」
彼女は語り出す。
一葉「言葉は、事柄に影響を及ぼします。それは世界にとって基本的なことです。そのために、世界は心を認めるのです。」
僕は、表面上は平静を装いながらも、ひどく混乱していた。彼女は何て言ったんだ? 言葉が事柄に影響を及ぼすから、それが基本だから、世界は心を認める?
智樹「すいません。ちょっと意味が分かりかねているのですが・・・。」
彼女は、少し考え込んでから僕に語った。
一葉「佳山君。ちょっとそっちを見てください。」
彼女は、右、つまり僕から見て左を指さした。僕は、彼女の指さした方を向いた。
智樹「何ですか?」
一葉「何もありません。」
僕は、彼女の指さす方から、彼女の方へ視線を戻した。
智樹「どういうことですか?」
一葉「私の言葉が、佳山君に影響を及ぼしました。」
僕は彼女をじっと見詰めたのだけど、彼女はいたって真剣で、すこしもふざけた素振りはなかった。
智樹「それは・・・、そうですけど。それは、僕が人間だからですよ。」
一葉「人間だけでしょうか? いえ、佳山君は、人間なら言霊が妥当すると思っているのですよね?」
智樹「えっと、人間同士なら、言葉は影響を与え合いますよね。それを言霊と呼ぶなら、言霊は成り立つと思いますけど・・・。」
一葉「それでは、人間だけが言霊が成り立つのでしょうか? 例えば、犬や猫には成り立ちませんか?」
僕は少し言葉に詰まった。
智樹「それは、成り立つような気がしますが・・・。」
一葉「それでは、桜は?」
智樹「桜は・・・、違うと思います。桜は植物ですから。」
彼女はうなずいた。
一葉「佳山君は、動物には言霊があるけれど、植物にはないと考えているのですね?」
智樹「そう・・・、だと思います。というか、そうです。人が恋の歌を詠っても、桜の花は早く散ることはない・・・です。」
彼女は、またうなずいた。
一葉「そうですね。でも、私は恋の歌によって、桜の花は早く散ることがあると思っているのです。」
智樹「どういうことでしょうか?」
一葉「言葉が事柄に影響を与えるということは、言葉が通じ合うということです。それは、とても素晴らしいことです。では、なぜ、言葉は通じるのでしょうか?」
智樹「人間だから・・・じゃないんですか? それとも、日本語が理解できるからとか、そういうことでしょうか?」
一葉「少し違います。佳山君、なぜ、あなたは、私の言葉が通じるのでしょうか?」
今している会話はかみ合っていないから、通じていないのではないかと思った。今、そう思ったことを言おうかどうか迷ったけれど、まずは語ってみることにした。
智樹「少なくとも、今の会話はあまり通じているとは思えません。僕には、上条さんの言っていることがあまり理解できていません。」
彼女は、ゆっくりとうなずいた。
一葉「そうですね。では、会話が通じているとか、あまり通じていないとか、なぜ佳山君は分かるのでしょうか? それは、佳山君が、私に心があると判断しているからです。」
僕はなぜか、まばたきを連続でしてしまった。
智樹「それは、そうですけど・・・。」
一葉「佳山君が私に心を認めてくれているおかげで、私と佳山君の会話は、かみ合ったり、かみ合わなかったりすることができるのです。なぜ、佳山君は、私に心を認めてくれているのですか?」
僕は、少し呆然としてしまった。彼女は、いったい、何を言っているんだ?
智樹「だって、そんなの・・・、当たり前じゃないですか・・・。」
一葉「ありがとうございます。」
彼女は僕にお礼を言った。お礼を言われて、こんなに不思議な気分になったのは生まれてはじめてだ。
智樹「いえ、こちらこそ。」
変な返ししかできなかった。
一葉「心が心を認めたとき、そのとき言霊が生まれます。そういうことです。」
智樹「そういうことですか・・・。」
おそらく、動物とか植物とかいう以前に、桜に心を認めているかどうかを彼女は問題にしているのだと僕は思った。僕は、桜に心を認めておらず、彼女は桜に心を認めていたということなのだろう。僕は、なんか釈然としない気持ちになった。
そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、彼女はさらに続きを語る。
一葉「そして私は、桜が散る時期よりも早く散ったなら、それには理由があったと思うのです。恋の歌が詠われるなら、恋の歌によって、恋の歌のために、桜は早く散ったのです。」
僕は、ここであっさりと同意するべきなんだろう。それが、もてる男なんだってことも分かってる。でも、僕は、佳山智樹は、そういう人間ではないのだ。
智樹「でも、それは因果が逆転しています。」
言ってしまった・・・。
僕のその言葉に対し、彼女は応える。
一葉「そうです。因果の逆転です。お見事です。佳山さん。」
そう言って、彼女は薄く微笑むのだ。
虚を突かれ、僕は一瞬、またもや思考停止に陥る。沼の底から意識を引きずり出し、僕は絞るように声を出す。
智樹「僕を・・・、試していたのですか?」
彼女は真剣に僕を見詰めて言った。
一葉「いいえ。違います。試してなどいません。」
彼女は、はっきりとした声で僕に告げる。その声は、その言質が本物であることを僕に突きつけて納得させる。
智樹「では、どういうことでしょうか?」
彼女は、しばらく僕を見付けていた。僕も、黙って彼女を見詰めていた。しばらくして、彼女は語り出す。
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