テロとグローバリズムと金融資本主義(その1)

 まず当のテロリズムの頻発と、これに並行して起きている紛争地域からの大量の「難民」の問題について考えてみましょう。これらはもちろん政治的・軍事的な問題なのですが、その政治的・軍事的問題に不可分なかたちで、ヒトや情報の移動を含む経済的問題が張り付いていることがわかります。

 周知のように、EU(欧州共同体)は、シェンゲン協定、ダブリン協定などによって、早い時期から域内移動の自由と移民の受け入れを推進してきました。これは一見、異国、異民族、異教徒に対する相互の寛容を旗印にしているように見えますが、本音では利益最大化と安価な労働力の獲得を目論んだ市場原理主義という経済的な意図に基づくものです。

 その証拠に、移民を大量に受け入れた国ではどこでも、労働者の低賃金と高い失業率とに悩んでおり、かたや大企業の経営者や株主は国境やEU圏を超えて巨富を稼いでおり、貧富の格差は拡大する一方で、しかも全体としては長期的な不況に苦しむ有様です。また難民の側も「豊かで寛容で自由で仕事にありつけるヨーロッパ(特にドイツ)」という幻想を抱き、我も我もと欧州を目指します。この「民族大移動」に、さすがの「寛容と自由」の理念も音を上げ、各国は次々に障壁を築いて難民の受け入れを拒否あるいは規制し始めました。シェンゲン協定およびダブリン協定は無効化し、EUの合意事項の重要な一角はすでに崩れたのです。各国内にはこのナショナリズムへの回帰を支持するさまざまな政党あるいは政権が勢力を伸ばしつつあります。

 以上がEUあるいはユーロ圏という域内グローバリズムの自ら招いた結果なのです。それは、第二次大戦中に現れた極端な排外主義と差別主義への反省と、覇権国家アメリカに経済的に対抗して強いユートピアを作ろうとする意図に根差した「理想」の産物だったのですが、これはもはや羹に懲りてなますを吹くEUパワーエリートたちの「空想」に終わったというべきでしょう。ユーロ圏に属するギリシャが自国の通貨や国債を発行できず、多額の負債を抱え、しかも緊縮財政を強いられて国民生活を窮地に陥れているのも、まさにグローバリズムと行き過ぎた金融資本主義の結果です。

 行き過ぎた金融資本主義とは、資本の自由な移動をあまりに認めてしまった事態を指します。中国のように為替市場の自由を認めず、管理変動相場制を採りながら人民元のSDR化を求めるのも困りますが、要はバランスの問題です。資本の移動の自由をあまりに認めてしまうと、企業は資金を設備投資や人的投資に回さずに内部留保を蓄積してその運用や株主の利益ばかりに配慮するようになります。それは生産活動をおろそかにして実体経済をやせ細らせる結果を招くのです。これはEUに限らず、グローバル化した世界全体でいま現に起きている事態です。

 パリのみならずロンドンもニューヨークも、富裕層と貧困層、異なる人種どうしの住み分けが進んでおり、「自由」や「人権」など、その麗しくも抽象的な建前とは裏腹に、差別や排外感情や怨嗟や敵愾心が鬱積しているようです。経済的帝国主義の歴史は、いまなお続いています。それが必ずしも隔たった地域間における矛盾という形で現れるとは限らず、一つの都市の近接した地域や、貧困地域の中で目立つ高級リゾート地などで噴出することが可能となったのです。

 パリ同時多発テロ事件は、あの暴動に始まるフランス革命の再現の予兆であると言ってもけっして大げさではありません。生粋の裕福なパリジャン、パリジェンヌは、トリコロールやラ・マルセイエーズがかつてその手元に必ず銃口を具備していたことを思い出し、今度はその銃口が自分たちに向けられているということに早く気づくべきです。

 EUは早晩自壊してゆくでしょう。さらなる混乱を避けたいと思うなら、ヨーロッパ各国は再び国家の壁の中に引きこもって、それぞれの政治的・経済的主権を回復する以外に手はありません。それは時間の問題であり、EU首脳は、早く自分たちの失敗を認めるべきなのです。また、中東地域の紛争やそこを水源とするテロリズムは、世界資本の分配に関する何らかの平衡が達成されるのでない限り、解決を見ることはあり得ず、情報社会の利点を活かしてますます世界に拡散していくほかはないでしょう。


※次稿「テロとグローバリズムと金融資本主義(その2)」はこちら

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西部邁

小浜逸郎

小浜逸郎

投稿者プロフィール

1947年横浜市生まれ。批評家、国士舘大学客員教授。思想、哲学など幅広く批評活動を展開。著書に『新訳・歎異抄』(PHP研究所)『日本の七大思想家』(幻冬舎)他。ジャズが好きです。

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