今こそ消費増税反対の声を

 そもそも税率を上げさえすれば税収が増えて国家財政が均衡すると考えること自体が単純な誤りです。税収の増減はGDPの増減との関数ですから、増税によって消費や投資が縮退してしまえば、GDPが縮小し、結果、税収も減ってしまうからです。加えて公共投資をケチって民間の投資を刺激せず、有効需要を作り出すことができなければ、デフレ脱却などは夢のまた夢ということになるわけです。

 折から、このたびの豪雨により複数個所で堤防が決壊し、大きな被害を及ぼしました。災害大国日本は常にインフラのメインテナンス費用を考えておかなくてはならないのですが、ことここに及んでも、政府はこの問題に関しては相変わらずのほほんと構えています。おそらく今回の被害は氷山の一角であって、全国あちこちにこうした危険箇所がいくらでもあるに違いないのですが。
 NHKをはじめマスコミは、防災時の「心がけ」を呼びかけるばかりで、肝心のインフラ整備の必要については何も報じません。いくら「心がけ」だけ呼びかけても、劣化したインフラは人間ではありませんから、言うことを聞いてはくれないのです。
 これは、「コンクリートから人へ」なる美辞麗句を唱えて「無駄をなくす」という名目のもとに、事業仕分けを行って公共事業費を削った民主党政府の大きな失政のツケというべきですが、そのツケを、デフレ脱却を掲げた安倍政権にはぜひ支払ってもらわなくてはなりません。「コンクリート」と「人」とは二項対立関係にあるのではなく、まさにまず「コンクリート」を整備してこそ「人」が生きることができるのです。
 もちろん、民主党だけが悪いのではありません。公共事業費の削減は、ここ20年間における一貫した傾向なので、これを推進してきた財務省こそが最も責められるべきであり、またそれを長年許してきた自民党政権(現在の安倍政権も含む)にも大きな責任があります。
 このことを端的に示しているのが、「三橋経済新聞」9月15日付で京都大学教授・藤井聡氏が掲載した、次のようなグラフです。
https://www.facebook.com/photo.php?fbid=697495253684754&set=a.236228089811475.38834.100002728571669&type=1
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 これを見ると、歴代政府がいかに災害に備えたインフラ整備をさぼってきたか、一目瞭然ですね。
 そのことが今回の水害で、いっそう明らかになったと思います。「まさか」の時に備える、そのために公費を惜しまない――こうした発想の転換を早急に諮らなくてはなりません。そうしてこのような公共事業を積極的に進めることが、結果的に民間需要を生み出し、景気回復にもつながるのです。一石二鳥です。

 もともと消費税は、生活弱者に厳しい逆進性を持っています。これを増税することによって財政を「健全化」しようという政府の政策は、自分たちが打つべき景気回復策(まずは大幅な財政出動です)を何ら打たないその無策の責任を、所得の低い国民になすりつけようとするとんでもないペテンなのです。
 10%への増税を既定の事実として、その上でできっこないヘンな提案をする財務省は、自身の最愚策については何の反省もせず、その欠陥を隠すために論点をずらしているわけです。こんな卑劣な誘導にけっして乗せられてはいけません。
 私は、日本人のあきらめのよい国民性が嫌いではありません。それは新しい状況をすぐに引き受けてその中で不平を言わずに新しい生き方を見出していくポジティブな面を表していると考えられるからです。しかし、反面この性格は、人為的・社会的に作られている悪い状況を、あたかも逃れようのない自然現象であるかのように受け止めて何の抵抗も示さない奴隷的な精神の表れとも言えます(「長い物には巻かれろ」)。消費増税のような私たちの生活に直接かかわる明らかな悪政に対しては、この性格を引っ込め、きちんと抵抗する必要があります。まだ決まったわけではないのですから。
 安倍総理は前回の総選挙前に、リーマンショックのような特別のことがない限り、10%への増税を2017年4月に必ず実行すると「約束」しました。それで大方の国民はもうあきらめてしまっているのかもしれませんが、こんな「約束」は、いくらでもひっくり返すことが可能です。
 ちなみにいつも安倍総理の近くで取材しているある有能な新聞記者に、「安倍さんは、土壇場で増税をしない決断をする可能性もありますか」と尋ねたところ、「あります」とはっきり答えました。この希望の発言を現実のものにするために、私たちは、安倍総理のもとに、なんとか声を届けなくてはなりません。
 消費増税そのものがいかに間違った政策であるかをけっして伝えようとしないマスコミを信じることはできません。もう一度私たち自身で、消費増税が果たして必要なのかどうか、不況時にそんなことをするとどんなひどい目に遭うか(もう遭っていますが)、一から考え直そうではありませんか。そうして、「消費税還付」「軽減税率」なる甘言にまぶした詐欺提案の是非について議論することなどきっぱり止めて、この提案が出されたことをきっかけに、今こそ予定された10%への消費増税そのものに対する反対の声を盛り上げていこうではありませんか。時間はそんなにないのです。

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西部邁

小浜逸郎

小浜逸郎

投稿者プロフィール

1947年横浜市生まれ。批評家、国士舘大学客員教授。思想、哲学など幅広く批評活動を展開。著書に『新訳・歎異抄』(PHP研究所)『日本の七大思想家』(幻冬舎)他。ジャズが好きです。

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