テロリズムを「劇場化」するメディア報道

タブーだった「危機管理」

 このように、テロリズムなどの社会的危機が発生するたびに、日本の危機管理体制が不備であることが一部のメディアや研究者から批判されてきた経緯がある。

 しかしながら、一九九五年の阪神淡路大震災と地下鉄サリン事件を契機に、九〇年代以降、北朝鮮不審船事件と拉致問題の発覚、北朝鮮テポドンミサイル実験、アメリカ同時多発テロ事件など、繰り返される危機において、日本の危機管理体制の欠如がメディア報道で批判されるに至るまで、日本では「有事」や「危機管理」という言葉がタブーであったことを忘れてはならない。

 日本において警察政策学会という学会が誕生し、そのなかにテロ対策研究部会が発足してテロリズムの学術的な検討が始まったのも九八年のことであった。

 これまで長い間、一部のメディア報道が日本の危機管理構築をタブー化し、東京大学をはじめとする日本の大学においてもテロ対策や危機管理というテーマの研究、教育はタブー視されてきた。その結果、日本における有事や危機管理のための法制度の構築は遅れてきたのである。

 テロリズムや安全保障を全く学んでいない政治家や官僚、ジャーナリストを大量に生産してきたのが日本の教育制度であり、日本のメディア報道である。民主主義とシヴィリアン・コントロールにとって危機的な状態である。

 テロリズムや戦争、紛争など政治的危機にかかわる法制度について、戦後の日本は政府とメディア、国民が「ハリネズミの恋愛」ジレンマに陥ってしまっている。九〇年代以降をみても、PKO法、通信傍受法、国民保護法、国家安全保障会議設置法、特定秘密保護法など数々の法制度において、テロリズムや戦争などの政治的危機に対する危機管理の論点から、合理的で理性的な議論が積み重ねられてきたとは言い難い不幸な歴史を繰り返してきた。

 日本政府は常にメディア報道の批判を恐れて、危機管理構築のための十分な説明責任を果たしてこなかったし、一部のメディア報道もこうした法制度の構築に対して的外れな批判を繰り返してきた。メディアやジャーナリズムにとって、権力の監視機能は重要な役割であるが、テロリズムや危機管理の本質に根ざした批判や議論が十分になされてきたか、検証が必要である。

大本営発表はいまも

 危機管理や安全保障の法案が国会に提出されたときにだけメディアは集中的に報道して批判し、国民はそのリアクションとして反対行動を起こすが、その法案が成立するとすぐに何もなかったかのように忘れ去られ、既成事実化していく日本の危機管理。テロ対応や危機管理の問題をタブーにしてきたメディア、ジャーナリズムが、こうしたテロリズムの議論を消費の対象に囲い込んできたという問題と結びついている。

 こうして腰を据えた本質的な議論を避けてきた結果が、イスラム国邦人人質事件に対する日本政府の対応にも表れている。法制度を形だけ整備しても、それを運用する組織や能力が追いついていないのである。

 危機管理や有事をメディアや大学がタブー視したことで実際の整備が遅れているという事実に対して、メディア報道や大学教育は責任をとるどころか、この状況に全く気づいていないように見えることが、日本の現代の危機の形である。

 テロリズムや戦争といった政治的危機をどのように報道すべきか、メディアと政府の間で直接向かい合った議論が必要な時期を迎えている。メディア報道、ジャーナリズムこそが、権力の監視機能を担う民主主義にとって不可欠な要素であると認識するがゆえの提案である。

 すでに現在のテレビや新聞などのマスメディアの報道機関は、テロリズムや戦争などの政治的危機の報道において機能硬直に陥っている。

 たとえば、テロリズムや戦争といった危機事態においては一次情報のソースが政府に偏るため、マスメディアは政府の記者会見における発表情報に報道を依存せざるを得ない。この状態は「発表ジャーナリズム」という表現で批判されるが、これは太平洋戦争時代の大本営発表と基本的に同様の問題を抱えている。マスメディアはポーズとしての権力監視を看板に掲げていても、現状を改善しようとしない態度がこの実態を隠蔽している。

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西部邁

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