テロリズムを「劇場化」するメディア報道

東京五輪が危ない

 このように、テロリストはテロリズムの宣伝効果を最大限に発揮させるために、また多くのオーディエンスを獲得するために、メディアを利用する戦略を構築する。よってテロリズムの標的になるのは、メディアイベントやランドマークである場合が多い。

 二〇〇一年のアメリカ同時多発テロ事件で標的となったのは、アメリカのグローバル経済の象徴である世界貿易センタービルというランドマークであった。

 また、七二年の「黒い九月」事件でパレスチナ人過激派組織「黒い九月」が狙ったのは、テレビ中継されたメディアイベントであるミュンヘン・オリンピックであった。また、二〇一三年に発生したボストンマラソン爆弾テロ事件で容疑者兄弟が狙ったのは、世界に生中継されたボストンマラソンであった。

 こうしたメディアイベントには世界各国からメディアが集結し、テレビやネットを通じて世界に中継されているため、テロリズムの宣伝効果を高めるために重要な道具として利用される。

 この意味においても、テロリズムとメディアイベントの間にも共生関係が発生する。二〇二〇年の東京オリンピックもテロリズムの標的になる可能性は高く、そのための危機管理体制の構築はすでに始まっている。

 テロリスト、メディア、オーディエンスの三者からなるテロリズム報道というメディア・コミュニケーションのなかで、テロリストはよりオーディエンスからの注目を集めるためにテロリズムの手法を高度化し、そのインパクトを最大化するための大規模なテロ事件を計画し、メディアはそのテロリズムをより劇的に報道することにより、視聴率や売り上げ部数の拡大を目指すようになる。

 そしてオーディエンスは、メディアが提供するテロリズムのコンテンツを利用し、消費することでテロリストの政治的メッセージを受容し、影響を受ける。こうしたテロリスト、メディア、オーディエンスにより形成される三角関係のなかで、テロリズムを軸に共生する負のスパイラルが拡大しているのが、現代のテロリズムの特徴である。

娯楽番組のように消費

 このようにテロリズムをオーディエンスの問題として考えると、テロリズムは消費の対象となり、一連のニュース報道はドラマのように消費され、その劇場が終わった瞬間にテロリズムはオーディエンスの問題意識から消え去るという展開を繰り返してきた。

 メディア報道によるテロリズムのキラーコンテンツ化は、こうして現実の社会問題としてのテロリズムと危機管理の問題を隠蔽する。

 日本人の多くは、劇場における物語として人質の解放を喜び、または人質の殺害を悲しみ、事件の終わりを物語の終わりとして認識し、劇場を去ると同時に日常生活に戻ることですべてを忘れ去る。これはリスク消費社会における現代人の病理である。

 この構造を創り出したのはメディアであり、ジャーナリズムであるともいえる。

 八〇年代後半から指摘され、二〇〇〇年代で定着した「メディア報道の娯楽化」「ニュースのソフト化」という傾向と、それに対する「ワイドショーの政治化」「娯楽番組の政治化」という傾向との相互作用により、報道番組とワイドショー、情報番組の垣根がなくなっているように、それを受容するオーディエンスのなかでも、テロリズムや政治的問題への関心が高まっている。

 その一方で、意識のなかで報道の娯楽化、ニュースのソフト化が発生し、テロリズム等のニュース報道も娯楽番組と同じように消費する意識が常態化している。このように機能主義的に体制に回収される消費の論理のなかからは、政治的課題を解決するための実践的な行動は発生しない。

 さらに、テロリズムをジャーナリズムと政治の問題として考えると、地下鉄サリン事件のメディア報道においても日本政府と警察、公安の危機管理能力が問われ、批判の対象となった。また、イラク邦人人質事件においても、北朝鮮テポドンミサイル実験においても、日本政府の危機管理体制の甘さが露呈し、メディア報道の批判の対象となった。

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西部邁

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