「日本は悪い国だった」という教えを疑えない団塊世代はぎこちない
加藤氏は、あの悪名高き朝日新聞などが反安倍政権キャンペーンの一環として訴えてきた「憲法改正や集団的自衛権容認は戦争への道」という短絡極まるスローガンをそのまま信じ込んでいるようです。このスローガンのバカらしさについてはいちいち解説しませんが、それにしても、こんな政治的無知がどうして日本知識人の一代表たる「文芸批評家」に許されるのでしょう。彼(ら)は、現下の国際環境において憲法改正がなぜ必要であるか、少しも理解していないようです。
加藤典洋氏といえば、かつて『敗戦後論』(1997年・雑誌初出95年)という本を書き、文壇をにぎわせたことで有名です。この本は「悪しき文学者流」を存分に発揮して多くの読者をけむに巻きました。政治知らずのソフト左翼からリベラルまでで満たされている日本文壇村は、この本が、ウルトラ自虐史観披瀝者の高橋哲哉氏や大江健三郎氏に批判的であるというそれだけで一時は大騒ぎとなりました。しかし、議論の行く先はしょせんその村の許容範囲のことにすぎず、加藤氏が、「勝てば官軍=勝者の裁判」である東京裁判によって作られたインチキ史観を丸呑みにし、それを正しいと前提してものを言っていたという点では、同じ穴の狢だったのです。
そのことは、この著者特有のグニャグニャとした回りくどい文体と奇妙な比喩の濫用によってはぐらかされていますが、よく読めば要するに言いたいことは次の三点に尽きるという事実によって明らかなのです。
①日本の敗戦は、そのままあの戦争が義のない戦争であったことを意味した。戦後世代はどのようにすればその義のなさを雪いで、敗戦後の日本人のねじれ意識を解消できるか。それは「無限に謝りつづける」という仕方では果たせない。
②日本が行なった戦争の犠牲者については、まず日本国民の300万人の死者を先に追悼し、そののちにアジアその他の犠牲者を追悼すべきである。
③平和憲法(日本国憲法)が、GHQによって押し付けられたものであるのは事実だが、そうであるなら、私たち(日本人)が、自らの手によって平和憲法の選び直しをすればよい。
①は一見、自虐史観への批判と受け取れるのでまともに見えますが、看過できないのは、日中戦争、大東亜戦争が日本にとって「義のない戦争」であると単純に決めつけている点です。ここには、だれ(中国? アメリカ? 日本国民?)に対して義がなかったのか、どういう意味で義がないと結論づけられるのかという二つの具体的な問いがあらかじめ封じ込まれています。政治的・歴史的に極めて複雑な事象と問題点とを、丁寧に腑分けして考えることのできない粗雑な「文学的・情緒的」思考の典型です。
②は一見、優先順位を日本人とすることで、日本人に対して手厚い扱いをしているようで、高橋哲哉氏などの反論を呼び込みましたが、なぜ日本人を先に追悼するのか、その論理が明らかでなく①との整合性が見出せません。もし敗戦自体が義のない戦争であったことをあらわしていると加藤氏が感じるなら、彼が私的に日本人かアジア人かにかかわりなく追悼すればよい話です。
第一、日本人への追悼はとっくに、しかも常に行われています。また「アジア人」(ここでは中国人と韓国人)への謝罪は過剰なほど行われていますが、一向に両国の反日姿勢は改まりません。それは当たり前で、彼らはそれが自分たちの国益になると信じてそういう政策を取っているからです。
しかも加藤氏はどうやら追悼と謝罪を混同していて「アジア人」を追悼すれば、向こうが許してくれるとでも思っているらしい。こんな「心の癒し」みたいな提言で「ねじれ」とやら(それは本当は日本人だけの心情問題ではなく国際的な政治問題です)が解きほぐせると考えるのは、やはり文学者流甘ちゃんとしか言いようがないでしょう。
③は一見、憲法改正を肯定しているようにも取れますが、この「選び直し」という言葉が曲者で、彼が考えていたのは要するに、日本国憲法はすでに定着していてよい憲法だから、それをもう一回、そのまま日本人が承認する手続きを踏めばよいということなのです(これは彼自身から直接聞きました)。こんな提言は、思想的に無意味であり、現実的プロセスとしても不可能なのは明らかです。
まあそういうわけで、団塊批評家・加藤氏は、20年前とその空想的平和主義のスタンスを少しも変えていないのです。変わったのは、文体のひねりによるはぐらかしがなくなって、より地金をむき出しにするようになった点くらいでしょうか。内田樹氏の最近の体たらくとよく似ていますね。
ちなみにこの加藤氏の『敗戦後論』に対しては、長谷川三千子氏が少し遅れて『正義の喪失』(1999年)のなかで根底的に批判しています。
さて先ほどの「解説」に戻りましょう。加藤氏はこんなことも言っています。
私は『永遠の0』を読んだ。そしてそれが、百田の言うとおり、どちらかといえば反戦的な、感動的な物語であると思った。しかしそのことは、百田が愚劣ともいえる右翼思想の持ち主であることと両立する。何の不思議もない。いまではイデオロギーというものがそういうものであるように、感動もまた、操作可能である。感動しながら、同時に自分の「感動」をそのように、操作されうるものと受けとめる審美的なリテラシーが新しい思想の流儀として求められているのである。(中略)左右の「イデオロギーに傾かない」、「戦争の過去を尋ねる」、「反戦的な特攻小説に感動する」ことも、ときには立派に好戦的なイデオロギーの発現になりうる。(中略)
誰もがイデオロギーから自由ではない。いまでは、感動することもまたイデオロギー に染まること。――そういう時代がきた。
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