「ハッシー」の衝撃 ―異端の将棋棋士・橋本崇載

将棋界の風雲児・橋本崇載八段

 2004年11月14日、NHK杯テレビ将棋トーナメント第2回戦。

 その日、いつものように日曜午前のひとときをのんびりと将棋観賞にあてようとしていた視聴者たちは、テレビ画面を見て驚愕したことでしょう。そこに映し出されていたのは、金髪のパンチパーマ、紫色のワイシャツという、世間一般の人々が思い描く将棋棋士のイメージからはおおよそかけ離れた、奇抜ないでたちの青年の姿だったからです。

 その青年の名は、橋本崇載八段。本稿の主人公です。

 棋士としてはあまりに異様すぎるそのいでたちは視聴者に大きな衝撃を与え、インターネット上では終日彼の話題でもちきりとなりました。

 当日の対局では橋本八段が見事勝利。トーナメント第3回戦、羽生善治名人との対決へと駒を進めました。羽生名人といえば、1996年に前人未到の七大タイトル独占という偉業を成し遂げた、言わずと知れた将棋界の第一人者です。

 2005年1月23日に放送された第3回戦は、結局羽生名人の勝利に終わり、橋本八段にとっては残念な結果となりました。それでも、第2回戦での衝撃的な「デビュー」のため将棋ファンからの注目度は非常に高く、その日のNHK杯の視聴率は、通常と比べ3倍にも跳ね上がったといいます。

 これ以降、橋本八段はことあるごとに話題を振りまくようになります。

 2007年5月13日放送のNHK杯では、終局後、テレビカメラに向けてたびたび視線を送ったことで話題になりました。この「カメラ目線」は、民放のバラエティ番組でも“カメラを意識しすぎる棋士”として取り上げられたほどです。

 2012年には、これまたNHK杯の対局前インタビューにおいて、親交のある佐藤紳哉六段のモノマネを披露、再び話題になりました(これについては後述)。

 このように書くと「なんだ、ただの話題先行型じゃないか。実力は伴っているのか」といぶかしむ方もいらっしゃるかもしれませんが、とんでもありません。

 2001年のプロ入り当初から「筋が良い」(=センスが良い)と評され、若手の有望株と目されてきた橋本八段。2012年にはトップクラスの棋士10人が集う「順位戦A級」クラスに昇級。残念ながらその翌年には降級してしまうものの、なおA級の一つ下のクラスである「順位戦B級1組」に在籍。実力派として、十分な存在感を保ち続けています。

 将棋界は、完全な実力社会です。従来の価値観からすれば「無礼」「ふざけている」と思われるような振る舞いも、当人に実力さえあれば許されてしまうところがある。

 橋本八段は、その実力をもって周囲に自らを認めさせ、今日に至っているのです。

「羽生さん? 強いよね」

 拙稿『平成の将棋ブームを読み説く!―将棋棋士と「キャラ」』の中で、私は将棋棋士と「キャラ」の話をしました。ニコニコ動画などを中心に、将棋棋士が「キャラ」として受容されているという話です。その典型例として取り上げたのが、「ひふみん」こと加藤一二三九段でした。

 橋本八段は、ネット上での人気では加藤九段に引けを取りません。加藤九段が「ひふみん」の愛称で親しまれているように、橋本八段は「ハッシー」という愛称で親しまれています。一方で、この二人には違いもあります。

 ネット上では、ことあるごとに投下される「ネタ」をもとに「キャラ」設定が生まれていきます。加藤九段の場合、その破天荒な振る舞いがネットユーザーたちに「ネタ」として受けとめられ、それが「面白いおじ(い)さんとしてのひふみん」のキャラを形成しているのですが、加藤九段本人には「ネタ」を提供しているという意識は、おそらくないでしょう。

 一方、橋本八段は、ネットユーザーたちに絶えず「ネタ」を提供し続けることで「面白キャラとしてのハッシー」を維持することに極めて自覚的だと思われるのです。

 前述の2004年の「デビュー」の際、ネット上では橋本八段のコラージュ画像が次々とアップロードされ、「祭り」の様相を呈しました。将棋関連の話題で、ネット上で「祭り」が起こったのは、これが初めてのことです。

 このとき、橋本八段は自らがネット上で「面白キャラ」として受容されていることに極めて自覚的になったものと推測されます。以降、彼はことあるごとにファンに向けて「ネタ」を投入するようになりました。上述の2007年の「カメラ目線」もそうですが、特筆すべきはやはり、先ほども少しだけ触れた「モノマネ事件」でしょう。

 2012年10月28日放送のNHK杯第2回戦。羽生名人との対局を控えた橋本八段は、対局前のインタビューにて、「羽生さん? 強いよね。序盤、中盤、終盤、隙がないと思うよ。だけど、オイラ負けないよ」「えー、駒たっ…駒たちが躍動するオイラの将棋を、皆さんに見せたいね」と、さながら格闘技やプロレスの煽りのような挑発的なコメントを残しました。

 このコメントの映像は、放送当日のうちにニコニコ動画にアップロードされ、総合ランキング第1位を獲得するなど、ネット上で大変な反響を呼んだのでした。

 これには、実は「元ネタ」がありました。同年の4月22日に放送されたNHK杯にて、佐藤紳哉六段が対戦相手の豊島将之七段の印象を聞かれた際、「豊島? 強いよね。序盤、中盤、終盤、隙がないと思うよ。だけど、俺は負けないよ」「えー、駒たっ…駒たちが躍動する俺の将棋を、皆さんに見せたいね」とコメントし、ネット上で大いに話題になっていたのです。

 橋本八段は、佐藤六段のコメントのネット上での反響を見逃しませんでした。それをパロディ化することで将棋ファンに新たな「ネタ」を提供したのです。それもセリフの中身だけでなく、喋る速度、途中で噛む箇所、コメント中の体の横揺れまで細かく再現することによって。

 自らが面白キャラとして受容されていることをよく自覚し、ネット上に絶えずネタを提供し続ける―それが「ハッシー」の流儀なのです。

→ 次ページ「将棋界の『次の一手』」を読む

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西部邁

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