「ハッシー」の衝撃 ―異端の将棋棋士・橋本崇載

将棋界の「次の一手」

 橋本八段の特筆すべき点は、その「キャラ」だけではありません。

 彼はまた、21世紀の今日において将棋界が、そして各々の棋士がいかにサバイブしていくべきか―その道を真剣に模索しているのです。

 先の拙稿で私は、将棋は斜陽産業だという認識はただちに改めてください、と書きました。前言を翻すようで恐縮ですが、将棋界は現在、大きな危機に直面しています。

 人気が無いわけでは決してありません。タイトル戦の生中継や電王戦の開催などで将棋ブームは盛り上がりを見せる一方。では何が「危機」だというのでしょう。

 将棋界の危機―それは、「従来の運営のあり方が根本的な見直しを強いられている」ことです。

 これまで、将棋界は新聞社を主要なスポンサーとし、新聞の囲碁将棋欄に棋譜を提供するのと引き換えに対価を受け取ることで運営されてきました。ところがインターネットの普及にともなう昨今の新聞離れにより、新聞社の経営体力は軒並み低下。新聞社を中心とした従来の将棋界のあり方に、暗雲が立ち込めてきたのです。

 これは、皮肉な話です。将棋界はインターネットのおかげで、オンライン対局の普及、タイトル戦の生中継など、多大な恩恵をこうむってきました。ところがそのインターネットが同時に、運営面での危機を呼びよせてしまったのです。

 将棋界には従来とは違う、新しい運営のあり方が求められています。とはいえ、具体的にどうすれば良いというのでしょう。

 これまでに紹介した橋本八段の振る舞いが、ヒントを与えてくれていると思うのです。

 将棋界はこれから、新聞社のみならず一般企業を幅広くスポンサーに迎え入れる必要があります。その際に求められるのが、たえず社会にネタを提供し続けることで人々の関心を将棋(界)へと引きつけてくれる「面白キャラ・ハッシー」のような逸材なのです。棋士は将棋に専念すればそれでいいという時代は、もはや終わりました。

 棋士一人ひとりが事業を手がけるというのも、一つの手でしょう。実はそれに関しても橋本八段のケースが参考になります。

 橋本八段は2009年、東京・池袋にてバーを開店しました。一時的な休業を挟みつつも、バーは今日まで続けられています。そこでは一般の将棋ファンが気軽に立ち寄り、橋本八段と交流することができます。タイトル戦の際には店内で大盤解説も行われ、プロ棋士による検討・解説を楽しむことさえできるのです(しかもお酒や食事付きで!)。

 棋士によるバー経営は一見すると奇手のようですが、実は好手―優れたビジネスモデルだったのです。

 ネット中継の充実、人間とコンピューターの華々しい対決、従来の運営スタイルからの脱却―将棋界は今、かつてない激変の時代を迎えつつあります。そんな中、我々は将棋界の風雲児・橋本崇載八段の動向から目を離すわけにはいかないでしょう。

 彼は一体どんな「次の一手」を我々に見せてくれるのでしょうか。

 ※本稿における棋士の段位、肩書はすべて2015年1月現在のものです。

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西部邁

古澤圭介

古澤圭介フリーライター

投稿者プロフィール

1984年、静岡県生まれ。横浜国立大学工学部卒業。ナショナリズム、ジェンダー論、言語学、映画、アニメ、将棋など幅広い分野に関心を持つ。

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