“映画に音声のなかった時代”に思う日本人の言葉に対する感覚の鋭さ

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連載『バック・トゥー・ザ・サイレント・ムービー(その1)』

 サイレント映画の良さについて語ろうと思います。

 サイレント映画とは、せりふや音響のない映画のことです。せりふや筋立ては画面と画面の間に挿入される字幕で説明され、日本では活弁士がそれを音声化しました。不思議なのは、日本でだけ活弁士が重要な存在になったことです。

活弁士が“日本でだけ”重要視された理由とは

 おそらくそれには、歌舞伎や人形浄瑠璃で舞台の脇に「語り手」がいて物語の進行役をつとめる表現様式に当時の日本の観客たちが慣れていたことや、落語や講談という話芸の伝統の存在が大きく影響しているのでしょう。ちなみに、「せりふ」の語源は「競(せ)り言ふ」だそうで、そこに演技者の「身ぶり」の意味は含まれていません(漢字の「科白」にはその意味が含まれています)。また、音響は生演奏が担当しました。日本初の完全なトーキー(発声)映画と評される五所平之助監督の『マダムと女房』の登場が1931年ですが、35年ごろまではサイレントが作られています。観客たちがトーキーに慣れるまで時間がかかったのでしょうね。

 先日池袋新文芸座で溝口健二監督の『瀧の白糸』(1933)と『折鶴お千』(1935)を観ました。もちろん両方ともにサイレント映画で、弁士付きです。
 『瀧の白糸』については、かつての名活弁士・徳川夢声による「活弁トーキー版」と澤登翠(さわとみどり)女史によるものとのふたつを観ました。また『折鶴お千』については、同女史によるものと斎藤裕子女史によるものとのふたつを観ました。

「言葉に対する感覚の鋭さ」を日本人は持つ

 いま、「澤登翠」の名が二度出てきました。どうやら彼女が現在の活弁界の第一人者ともくされているようです。あるインタビューによれば、若かりし日の彼女は定期大卒で入った出版社を早々に辞めた後、一人でできる仕事を探して思い悩む日々を過ごしていました。「人との競争や人間関係を上手にやっていくことが苦手だった」と率直に語っています。ある時、ひょんなことから無声映画鑑賞会で上映される『瀧の白糸』を観に出かけ、「映像と語りと音楽が一体になって、時にさざ波となり、時に大きなうねりとなって押し寄せてくるのを感じ、その心地よさに心身ともに、まさに至福の時間を過ごした」そうです。その時の弁士が、松田春翠氏。彼女はその感動をぜひ伝えたいと思い、氏の自宅を訪問しました。いろいろと話しているうちに、気がついたら、その場で弟子入りすることに。そのときを境に、彼女は活弁士の道を歩みはじめます。

 思えば、私がはじめてサイレント映画を見たのは三年前の四月二九日、作品は往年の大女優・栗島すみ子主演、島津保次郎監督の『麗人』(1930)でした。″六歳の高峰秀子が男の子役で出ているからとりあえず観ておこう″という軽い気持ちで池袋新文芸座に出かけたのでした。そのときの活弁士が同女史澤登翠だったのです。

 映画の細部はおおむね忘れてしまいましたが、女史の活き活きとした見事な語りの力によって、80年あまりの時代のへだたりを超え、あまり鮮明とはいえない画面のなかにゆるゆると入っていく自分を感じたこと、主人公で女学生の鞘子(栗島)が、知人の男子学生・浅野(奈良真養)から乱暴を受けて妊娠してしまい一度は人生に絶望するがやがてひとりで生きていく決心をする殊勝なこころばえに(陳腐な筋立てだと十分に知りながらも)熱い涙がこぼれてしまったこと、観終わったときおのずと会場の観衆と一緒に、映画と弁士に向けて心からの拍手をしたこと、そうして会場が懐かしいとしか言いようのない温かさでいっぱいになったことは覚えています。私がサイレント映画を人並み以上に熱心に観始めたのは、それがきっかけです。(つづく)

西部邁

美津島明

美津島明

投稿者プロフィール

一九五八年生まれ。長崎県対馬出身。
個別指導専門学習塾を経営。日本近代思想研究会、日本近代評論を読む
会の主宰者。経済問題研究会専門講師。ブログ雑誌「直言の宴」管理人。
著書『にゃおんのきょうふ』(2009年発刊)。

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