座席替え

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小中学校のころ、学期の変わり目に座席替えをした。いまの学校がいつどうやって座席替えをするのかよく分からないが、私が小中学生だったころは、好きな相手と好きなところに座ってよい、というやり方がけっこうあった。担任としては、おそらく、別に民主主義的な教師を気取ろうとしてそうした、ということではなくて、クラス全体の交友関係や心情的な意味での地図模様を見渡そうとしてそうしたのではなかったのか、と思っている。

まあ、それはどちらでもいいのだが、転校続きの私としては、クラスのみんなとまだ馴染みきらないうちに、そういうことをされると、けっこう動揺するのだった。この方式を採ると、必ずと言っていいほどに、あぶれて寂しそうな表情を見せる生徒が生じるのだった。だいたい男子がそういうことになったのではなかったか。そういう羽目に自分が陥ることを恐れて動揺するのである。

心優しい飼い主が見つからなかった子犬のように、臆病そうな上目使いで周りを戸惑いながら見渡す男子は実に哀れだった。しかし私は、そんな彼をながめながら、「オレがあいつでなくて本当によかった」と胸をなでおろし、どうにかこうにか隣の席に座ってくれる相手が見つかった自分の幸運を噛み締め、つかの間のだらしない優越感に浸るのだ。そういう卑劣な快感に身を委ねることに抗するのは、「座席替え弱者」にとってけっこう難しい。

そんなふうにして幾度か「難局」を切り抜けてきた私だったのではあるが、ついに、恐れていた事態が我が身に降りかかるときがやってきた。目当ての男子が、別の男子にけっこう強く誘われて向こうに行ってしまったのが運の尽き、私は「哀れな子犬」になってしまったのだ。まだ十二歳のときのことだから、「悪夢」という言葉は浮かばなかったが、視界がぼんやりとして狭まったのは覚えている。子どもなりに絶望したのだろう。

そのときに椿事が起こった。私を無遠慮に眺めるやや遠巻きの人垣をすり抜けてきた女子が私に言ったのだ、「美津島クン、一緒に座ろう」と。その子の名前は茅原ルリ子と言って、浅黒い肌の活発な女の子だった。別に親しいというほどではなかったが、それまでに二言三言くらい話をしたことはあったような気がする。にっこりと笑ったときの歯並びの良さが印象に残るような女の子だった。

一緒に座ってくれる相手が現れたのだから、素直に喜べばよさそうなものだが、そのときの私は、ほかのみんなが男子どうし女子どうしで座るのに、自分だけが女子と座ることをためらう気持ちの方が強かった。しかし、その誘いを断ることはしなかった。優柔不断に相手の申し出を受け入れたのである。いじけたふうな孤独よりも、そのほうがマシだと判断したのかしなかったのか。

それにしてもいまさらながらちょっとだけ気になるのは、茅原ルリ子は私のことが好きだったのかどうか、である。そう思うのは、隣に座るようになってからの彼女が、私に好意があるような素振りを見せたことは絶えてなかったからである。実にさっぱりとした振る舞いをするばかりだった。別にそれを期待外れだと思ったことはなかったけれど、彼女の咄嗟の振る舞いと、その後の様子とに落差のようなものを感じていたのは確かである。

そういえば、名前は忘れてしまったが、茅原ルリ子と付き合いのある女の子が私に「ルリ子はね、私と隣どうしになるはずだったのに、美津島クンの様子に気づいたら、私とつないでた手をほどいてあなたのところに行ったのよ」と言って、私の反応をじっとうかがっている場面を思い出した。

しかし、茅原ルリ子が私を本当のところどう思っていたのかは「永遠の謎」のままの方がいいような気がする。そのときの私は、彼女の一連の振る舞いを通して、女性の果敢さと太陽のような偉大さとを、おそらく生まれて初めて、自分でも気づかぬうちに感じ取っていたのだから。その記憶が無傷のまま残っていることに、私は両の手のひらを合わせよう。

穏やかな瀬戸内海に浮かぶ小島の、おとぎ噺のようなエピソードである。

西部邁

美津島明

美津島明

投稿者プロフィール

一九五八年生まれ。長崎県対馬出身。
個別指導専門学習塾を経営。日本近代思想研究会、日本近代評論を読む
会の主宰者。経済問題研究会専門講師。ブログ雑誌「直言の宴」管理人。
著書『にゃおんのきょうふ』(2009年発刊)。

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