「正しいこと」の伝え方ー言論は何のためにあるかー

頑固な“信者”、お金や権力のために意見を曲げない相手は弱点を持っている

 たとえば、いわゆる従軍慰安婦問題について、日韓の間に完全な認識の相違があり、韓国側の主張が、吉田清治という詐欺師と捏造メディア・朝日新聞との結託によって、あたかも正当であるかのような空気が一部で作られてしまいました。韓国政府の主張の強化に当たっては、中国の反日勢力が加担しています。

 これは論理もクソもない問答無用の圧力です。さて中国政府や韓国政府が日本の言論家の説得によって認識を改めることが期待できるとあなたは思いますか。無理ですね。なぜ無理かといえば、彼らが反日に徹することが自国の利益につながると考えているからです。しかしでは、諦めればいいのでしょうか。もちろん違います。こういう場合、言論の第二の意義は、論敵を説得するのとは別のところにあります。

 またたとえば、福島事故以来、反原発を唱える左翼メディアの誘導によって、原発反対の空気が一部に蔓延するようになりました。この空気の蔓延はいろいろな理由で間違った事態だと私は思っていますし、なぜ間違っているかは、これまで機会あるごとに説いてきました(*)。むろん私以外の多くの論客や専門家が、理路を尽くして反原発論の歪みを指摘していることは言うまでもありません。

 しかし、それでもこの歪んだ空気は払拭されません。2014年2月の都知事選では、この問題について何にも考えていないワンフレーズマンの小泉純一郎氏が反原発を唱えて細川護熙氏を立て、100万票近くを獲得しましたし、原子力規制庁は、この国のエネルギー危機もどこ吹く風と、いまだに重箱の隅をつつくようなオタク論議を重ねて、できるはずの再稼働を妨害しています。この場合も、「論敵」である反原発論者を言論によって説得することは不可能です。それは、反原発論者がそもそも「論者」ではなく、恐怖感情だけに基づいて「原発は絶対ダメ」という教義を信じる「信者」だからです。

 現代の政治・経済・社会問題を考えるにあたって、言論の空しさを感じさせる例はじつに枚挙にいとまがありませんが、これくらいにしておきます。

 ともかく、あくまでも利益獲得や権力獲得に執着することを目的とした主張をする人や、論拠なく抱いた信念に基づいた主張をする人を、言論によって説得することはけっしてできないと肝に銘じておいたほうがいいでしょう。

 これはじつを言えば、私たち自身だって共有している人間の性のようなもので、論理はもともと生活感情やイデオロギーや意図から完全に自立した力を発揮できるほど万能ではありません。哲学者のヒュームは、論理は感情の奴隷だと言っております。すべての言論には、言論主体の個人的動機や共同体的背景があります。それを自分も背負っていることをより明瞭に自覚したほうが勝ちです。なぜなら、そのように己れを知ることによってこそ、相手の論理の空虚な抽象性の後ろに、どんな本音や心理や感情が隠されているかをたやすく見破ることができるからです。

 このことを押さえたうえで、では言論の意義(第二の意義)はどこにあるかについて述べましょう。

「言い争い」で将棋に負けて勝負に勝つ方法、それは観客を引き込むことにあり

 それは論敵の考えを変えさせるためにあるのではなく、自分ではうまく表現できないが薄々こうではないかと感じている人たち、または二つの議論を聞いていてどちらが正しいのか迷っている人たちを味方につけて、勢力を伸ばすためにあるのです。武力だろうと言論だろうと、それが力であるという点では共通しています。しかし武力は敵を現実に滅ぼしたり服従させたりするためにありますが、言論の真の相手は論敵ではなく、利害や信念から相対的に自由な観客(読者)なのです。そうした観客が一定数こちら側に賛同すれば、自分の言論には意義があったと言えるのですね。このとき、言論は権力を手に入れたのです。そしてそうするためには、言葉の技術を磨く必要があります。この場合、言葉の技術とは、単に論理の力だけを意味するのではなく、聞いている人、読んでいる人のハートをつかむような言葉を発するテクニックをも含みます。

 これはプラトンがソクラテスの口を借りて批判してやまなかったソフィスト(弁論家)の方法論に近いものですが、私はそれでいいと思っています。早い話が、ソクラテス自身が生え抜きのソフィスト(理屈屋)だったからこそ、多くの人が彼に賛同したのです。ちなみに私は、個人的には理想主義者・プラトンよりも、現実主義者・マキャヴェッリのほうが好きです。

 思えば、「うんそうや」を「うんこや」と間違えてはしゃいでいた連中に直接「真実」を伝えようとした私は幼かった。近くにいる友達に、「あいつらあんなこと言ってはしゃいでるけど、うんそうやって、車でものを運ぶ人のことだぜ」とささやけばよかったのです。

*原発問題についての拙論に関心のある方は、以下の資料にアクセスしてください。
小浜逸郎氏・反原発知識人コミコミ批判(その1) (イザ!ブログ 2013・2・11)
小浜逸郎氏・反原発知識人コミコミ批判(その2)  (イザ!ブログ 2013・2・16 掲載)
原発問題に関する巨大マスコミの姿勢
平成総理大臣三バカ大賞 第一回受賞者決定!
小浜逸郎氏・原子力規制委員会は日本のエネルギー行政のガン(1) (イザ!ブログ 2013・5・20 掲載)
小浜逸郎氏・原子力規制委員会は日本のエネルギー行政のガン(2) (イザ!ブログ 2013・5・24 掲載)

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投稿者プロフィール

1947年横浜市生まれ。批評家、国士舘大学客員教授。思想、哲学など幅広く批評活動を展開。著書に『新訳・歎異抄』(PHP研究所)『日本の七大思想家』(幻冬舎)他。ジャズが好きです。

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