主流派経済学と「不都合な現実」

非自発的失業の消去法

 たとえ供給側の経済学が経済学界を支配しているとしても、さすがに「有るものを無い」というのは不可能ではないかと思われるかもしれません。実際、非自発的失業者は現存するではないかと。しかし、主流派経済学者は実に巧妙に彼等を理念的に消し去るのです。
 最も単純な消去法は、

「非自発的失業者は贅沢を言っているだけではないのか」

という問い掛けです。「現行賃金でもよいから働きたい」と非自発的失業者は言っているが、それは現行賃金にこだわり過ぎているだけだと。現行賃金以下の仕事を見つけようとしないのではないかと畳みかけてくるのです。

「実際、見つける気があるなら仕事はいくらでもある。缶拾いの仕事でもあるかもしれない。それをしないのは、現行賃金以下の仕事をしたくないというあなたの自主的な選択結果なのだ。それゆえ、あなたは自発的失業者なのだ」

という理屈です。
 
 これは主流派経済学者の代表的な論法の一つです。確かに、この論法を使えば世の中に非自発的失業者はいなくなります。しかし、一片の現実性を加味すれば、この理屈は崩れ去ります。それには、次のように返答することで充分でしょう。「確かに缶拾いの仕事はあるかもしれない。しかし、缶拾いの仕事の時給はいくらですか。例えば時給100円としましょう。でも、それで食べて行けますか」と。すなわち、生存最低限の生活水準を営めない低賃金で働くことは餓死を意味するのです。餓死に至る危険性のある低賃金の仕事があるからといって、その仕事に就かない人を自発的失業者と呼べるのでしょうか。呼べるわけがない。現実経済においては、そのような生存不可能な低賃金の仕事は、最初から選択肢に入らないのです。就業対象外の仕事なのです。現実経済に、餓死を自主的に選択する人などいる筈もないからです。
 主流派経済学の世界では餓死する人はおりません。全て主体的均衡に到達した幸せな人からなる世界なのです。その世界の結論を現実社会に持ち込んで、非自発的失業者を抹消できたと考える経済学者は完全に誤っています。
 

「同質性の集計の誤謬」

 主流派経済学は、「新しい古典派」にせよ、「ニューケインジアン」にせよ同質的なミクロ主体の合理的行動からマクロ経済現象を説明するという理論構造を持っています。ここで同質的とは、価値観が一致していることを意味します。主流派の世界は、人とモノ(資源)だけから構成されていますから、そこでの行動基準は物欲の充足という一点になるのです。
 ニューケインジアンは、名前からしてケインズ経済学に近い学説と誤解されますが、実際はセー法則に立脚する供給側の経済学に属します。ニューケインジアンはケインズが制度的に前提とした「価格や賃金の固定性」をミクロの合理的行動から説明する学説ですが、決して需要重視の経済学ではありません。総需要の水準で経済規模が決定されると考えてはおりません。その論理の骨子は、現行の価格(賃金)水準を「市場メカニズムによる需給調整の結果」と考えるのではなく、「供給側のミクロ主体が価格(賃金)を決めた結果」と考えることにあります。そして価格(賃金)変更に際して、何らかのコストがあるなら、当該コストを上回るメリットがない限り価格(賃金)変更は行わないことになると結論づけるのです。

 いずれにせよ、同質的なミクロ主体の合理的行動の結果としてマクロ現象が決定されるわけです。すなわち、ミクロの集計された姿がマクロになるのです。この場合、経済に(現実的な意味での)失業者は一人も存在しなくなります。そのことはミクロとマクロが一致するケースを考えれば簡単にわかります。経済に人が一人しかいなければ、当然、ミクロとマクロは一致します。経済にN人いるときも両者が一致するためには、各主体は全体の「N分の一」の存在であればいい。同質性の前提は正にそれを要求するのです(代表的主体)。各人を金太郎飴の一片と考えるわけです。
 経済に失業者が一人いるとするなら、明らかに同質性の仮定より全員が失業していなければならない。経済内に失業者と就業者が共存することは出来ないのです。共存させるための工夫は何か。それは「全員が雇用されているが、供給可能な何パーセントかの労働時間を自発的に削っている状態」と解釈することです。例えば、100人からなる経済で失業率が5%であったとしましょう。普通私たちは

「5人が失業し、95人が就業している状態」

と考えます。しかし、主流派経済学では違います。

「100人が雇用されているが、全員5%だけ自主的に労働供給量を減らしている状態」

と考えるのです。それゆえ、主流派の世界には現実的な意味での失業者は存在しないのです。
 
 しかし、主流派経済学者はこうした状況を一切説明しません。長年、経済研究者の末席を穢している私も聞いたことがありません。それ以前に彼等がこのことを認識していない可能性も高いのです。仮にわかっていたとするなら、さすがにこの主流派の想定を公言すれば、その論理の非現実性が世間に明らかになると危惧しているのでしょう。自分たちの発言の説得力も弱くなる。加えて社会的地位も危うくなるかもしれない。それゆえ、あくまでも主流派経済理論で現実を説明したいと考える経済学者は、ベッドの長さ(理論)を変えるのではなく、足(現実の非自発的失業の存在)を切ることを選択したのです。
 

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西部邁

青木 泰樹

青木 泰樹

投稿者プロフィール

1956年 神奈川県生まれ
1980年 早稲田大学政治経済学部経済学科卒業
1986年 同大学大学院経済学研究科博士課程単位取得満期退学
1987年 帝京大学専任講師
1996年 同大学助教授
2007年 帝京大学短期大学教授
現在  東海大学非常勤講師 京都大学レジリエンス実践ユニット特任教授 会社役員
専門  経済変動論、シュンペーター研究、現代日本経済論

主著 
経済学とはなんだろうか-現実との対話-』(八千代出版、2012年)
シュンペーター理論の展開構造』(御茶の水書房、1987年)
経済学者はなぜ嘘をつくのか』(アスペクト社 2016年)他

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