ズレはあさっての方向へ風を通す ~おおひなたごう作『おやつ』(少年チャンピオン・コミックス)について~

3 ドラえもんのいないドラえもん的キャラクター構成

ドラえもん』の、のび太、ドラえもん、スネ夫、ジャイアン、しずかの5人のレギュラーで構成されるキャラクター配置のうち、ドラえもん以外を『おやつ』も踏襲している。つまり、おやつ、ゼリー、モンブラン、ビスコの4人のレギュラーだ。ドラえもんの立ち位置に来そうなキャラクター(おやつ神さま、たんこぶ博士、風間慎等)がいなくもないが、彼らはいまいち頼りない。特におやつ神さまは、おやつを出す魔法の杖を持っているにもかかわらず、おやつくんたちはその杖に頼るわけでもなく、おやつ神さまも自分で食べる分のおやつしか出さない(※8)。たんこぶ博士がおやつ神さまをさらおうとしたときは、おやつ神さまはおやつくんたちに守られている始末(※9)。

ドラえもん』は、ドラえもんがいたらいいなぁというもしもの世界であるが、『おやつ』は、世界がおやつの国だったらいいなぁというもしもの想定を装ってはいるが、実際はそうではない。1~2巻あたりは、まだおやつの話題が意識的に取り上げられたりするものの、次第におやつの話題はなくなっていく。また、おやつの話題といってもやはりズレがあり、キャラクターたちの排泄物がチョコバナナ(※10)やどらやき(※11)といった「排おやつ」だったり、「おやつをおいしくたべるためのマナー」のエピソードように、あるある系の話からおやつとは関係のないあり得ない話に発展していったり、「おやつの迷信」のように「おやつ」と「迷信」というかみ合わないものを無理矢理つなげたりといった具合である。

この、ドラえもん以外によるレギュラー4人のキャラクター配置は、オセロの始めに真ん中に置く白黒各2個ずつのコマと同じなのだ。それは、ズレや裏返りが増殖するための基本的な土台となっており、作者は『ドラえもん』から、キャラクター配置という表面要素だけを借りてきている。そこへもしも設定のドラえもんが投げ込まれることにより、『ドラえもん』の物語は始動するが、もしも設定のフリをしているだけなので『おやつ』にはドラえもんは必要なく、どこかしら頼りないズレたドラえもんが出てくるぐらいである。誰もが知っている藤子不二雄流キャラクター構成を横滑り的にズラしてきただけの、わざとらしいほどに借り物のキャラクターたちは、悪びれる様子もなくさらなるズレのために常にスタンバっているのだ。

4 ズレのストーリー的集大成「パワーホライズン」

2巻と4巻の見どころでもある「パワーホライズン」というヘンテコリンな競技のエピソードでは、『おやつ』におけるズレの醍醐味を味わうことができる。いわば、ズレを競技にしてしまったのが「パワーホライズン」なのだ。その競技は、おやつくんとモンブランの二人によって他の競技(野球、サッカー、テニス等)の試合の最中を舞台として争われる。あくまでも本筋の競技=本編の物語を邪魔せず、どこまでひねくれたちょっかいが出せるかが、細かく規定されているらしい技の得点を左右する。例えば野球で、ランナーが滑り込むときに風圧で脱げるヘルメットをキャッチする「ウインド・プレッシャー‘98」という技は25点(※12)、テニスのラリー中に、ボールをかわしながらライン引きで1LDKの間取りをコートに書く「ハイツシルビア20X号室」という技は6点(収納がなかったため点数が低い)(※13)といったふう。

本筋の競技は、決しておやつくんたちによって中断させられることはなく、むしろ、「パワーホライズン」の大前提となっている。ズレとは本筋を壊すことではなく、常に本筋を起点としつつ本筋とベクトルを合わせようとはしないことがポイントなのだ。「パワーホライズン」は、野球やテニスといった本筋に依存しながらもそれらをからかっているという矛盾した危うい立ち位置にこそ成り立っている。ズレが確固たる位置を占めてしまったら、それは最早ズレではなく本筋になってしまうからだ。その点を逆手に取った、大袈裟で大本命のような雰囲気を放つ「パワーホライズン」という競技名も、作者は確信犯的に与えており、それもまたズレなのである。

→ 次ページ:「5 マンガであることからもはみ出ようとするメタ的ズレ」を読む

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西部邁

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