ナショナリズム論(3) 対アーネスト・ゲルナー

ナショナリズムと愛国主義

 人類がいつの時代においても集団の中で生活していたことも、人が自分の属する集団に忠誠心や一体感を感じていたこともゲルナーは認めています。ですから彼は、〈愛国主義の幾分かが実際人間生活の永遠の部分であることを否定することは、断じて私の意図するところではない〉と述べているのです。
 それでは、愛国主義が人間生活の永遠の部分であるにも関わらず、どうしてナショナリズムが近代に生まれたと言えるのでしょうか?

 本書で主張されていることは、ナショナリズムがきわめて特殊な種類の愛国主義であり、実際のところ近代世界でしか優勢とならない特定の社会条件の下でのみ普及し支配的となる愛国主義だということである。ナショナリズムは、いくつかの非常に重要な特徴によって識別される種類の愛国主義である。

 つまり、愛国主義のバリエーションの一つにナショナリズムがあると主張しているのです。そのナショナリズムの特徴については、〈同質的、読み書き能力、匿名性が鍵となる特性〉だと説明されています。このような見方の上で、〈近代の文化と国家との相互関係はきわめて新しいものであり、近代経済の要求から不可避的に生ずる〉と語られています。
 ここには、普遍的原理に基づいて社会を建設しようとする(伝統主義とは区別される)啓蒙主義の考え方があります。このことは、〈アイデンティティを賦与する要素〉として、〈「民族」を定義する共有高文化に依存した普遍的な共有技術〉が挙げられていることからも分かります。

ゲルナー説の考察

 ゲルナーは、ナショナリズムを近代と結びつけるという恣意的な定義を置いているため、ナショナリズムには特別な特徴が付加されてしまっています。そして、その特徴を厳密に採用すると、現代の国家のいくつかにはナショナリズムが存在しないということになってしまいます。
 例えば、現代においても識字率が依然として低いままの国家についてはどうでしょうか。ナショナリズムの特徴として読み書き能力を重視するゲルナーの立場では、識字率が低い国家には、定義的にナショナリズムが存在しないことになってしまいます。これは、さすがにおかしいと思われるのです。
 つまり、ゲルナーのナショナリズムの定義は広く知られているのですが、実際には、厳密な意味で使われているわけではないようなのです。この問題を解決するには、二つの方法があると思われます。一つ目は、不的確な使用法を禁止し、用語を厳密な定義において使用するようにすることです。二つ目は、実際の使用例に合うように用語の定義を修正することです。私はもちろん、二つ目の方法を採用すべきだと考えています。
 ゲルナーの定義では、多民族国家をどのように考えるかも問題になります。いくつかの案を挙げると、(1)多民族国家にはナショナリズムが存在しないとする見解、(2)多民族国家だとしても、民族的な単位は一つだと言い張る見解、(3)民族の数だけナショナリズムが国家内に存在するという見解、などがあります。
 実際の状況が(1)や(3)の場合、その国家は危機的状況にあります。そのため、一見すると詐欺的に見えるかもしれませんが、現実的には(2)が暗黙的に採用されている場合がほとんどなのです。そのとき、民族的な単位に要請されることは、国家の法律体系を受け入れるということになります。多民族国家では、いくつもの民族ごとの文化が混在しているわけですが、国家の法律に対しては、(不満はあるにしても)一応はどの民族も守っているということになります。このような条件の国家は、近代以前も近代以後もいくらでもあると見なしてよいと思うのです。

→ 次の記事を読む: ナショナリズム考察(4) 対ベネディクト・アンダーソン

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西部邁

木下元文

木下元文

投稿者プロフィール

1981年生。会社員。
立命館大学 情報システム学専攻(修士課程)卒業。
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