Breakthroughは一日にして起こりうる
今回、通常の意味での「breakthrough」はなかったことは確実ですが、それではどこまで交渉が進んでいるのでしょうか。エアフォースワンで行われた説明の中でフロマン代表は、
政府高官:様々なレベルでの協議を重ねましたが、全体的な結果としては、たくさんの品目について最終的な結論への道筋を特定したというものになりました。私がこのように話すのは、市場アクセスの合意には様々な要素があることを意味します。市場アクセスへの障壁が減少するまでの期間、どの障壁が撤廃されて、どの障壁は減らされるのか、そしてそれらの関係は、またどのように市場アクセスを構築するのか、などの要素があります。そして我々はそれぞれの品目について、何度も一つ一つのタリフラインについて、どのようにすれば米国の輸出に対して強固な結果をもたらすか、その過程で日本の合意を確実に得られるかを判断していきました。
と説明しており、後に続く記者の質問とその答えは、
Q では、言い換えれば、基本的に、我々がもう少し具体的に理解するために、あなたの言うことは、例えば、現在減らされる関税に関してX%からY%というパラメーター(変数)が決まっていて、それを道筋と表現しているというような感じでしょうか。
?
?政府高官:? そう思います。パラメーターというのはこの件について考える良い方法だと思います。パラメーターがあって、その間にトレードオフがあります。関税が下がれば下がるほど、そこまで到達するのに時間がかかります。ですから私たちは、どのようなパッケージになるかという考え方は持っていて、どのようにこれを解決するかというのが道筋ということになります。
となっていますから、政府の広報担当審議官が現状を正しくとらえているとしているという5月2日の日本農業新聞朝刊とも内容が合っています。
この意味で、読売新聞が「基本合意」ではなく、「実質基本合意」という表現を使ったことに対し、5月2日の広報担当審議官による「大きく前進したのは事実としつつも、特定品目で合意したが隠していることはないと否定」(ロイター)と、同じ記者会見で「誤報かどうか(指摘するのに)ためらいがある」という表現をとったことにも説明がつくのです。
米韓FTAでは、交渉期限前日、実際には裁量で1日延長になりましたので、2日前の2007年3月30日にはまだいくつもの課題が残っているという報道がなされていたにも関わらず、4月1日の深夜には交渉が妥結したのです。ですから、4月に「breakthrough」がなかったからと言って、5月にそれが起こらないとは限りません。
オバマ大統領はTPAを取れるのか
財政委員長のワイデン上院議員は、5月1日の公聴会の後、記者団に対し「オバマ政権は望ましくない合意が得られるよりは、何も合意がない方がよいと判断した。これは正しい決定だった」と述べるなど、今のところ11月の中間選挙後まで新しいTPA法案を出すつもりはなさそうです。また、TPP推進派で知日派議連の発起人でもあるニュネス議員は、オバマ大統領がTPPをまとめるためにはTPAが不可欠だが、もし年内にTPA法案が可決されなければ、オバマ大統領はレームダックシーズンに入ってしまい、新しくできるTPA法案を作ろうとしても、選挙を控えて様々な人々の思惑を全て取り入れたものにしなければならず、次の大統領が執務に着く2017年まで実現はないだろうと話しています。前述のハッチ議員の発言通り、来週予定されている首席交渉官会合と、その後にあるかもしれない閣僚会合がまとまらなければ、TPPは推進力を失い、TPAを取る意味もなくなりますので、そうなればこのままTPPは漂流し、いわゆるドーハ化の道をたどることになるでしょう。
このように、確かにオバマ大統領が近い内にTPAを取得することは極めて難しい状況ではありますが、万が一TPP協定交渉が進んでしまったら話は別です。民主党議員といえども、自分たちのせいで自由貿易交渉が止まったと思われるのは避けたいと考えているからです。必要な選挙資金はどちらかというとTPP推進側から多く出てきますので、自由貿易をないがしろにしているわけではない、憲法で守られている議会による意味のある貿易交渉への関与を主張しているだけだ、というのが現在の立場ですから、万が一日米で合意があり、それによりTPP協定交渉が一気に前進した場合、今度は急速にTPA法案成立の声が上がる可能性もあります。
選挙前にTPA法案を出すつもりがないとみられるワイデン議員ですが、具体的に現在のTPA法案の何が問題で、どのように解決すべきかについて、他の議員からのヒアリングは済ませたとのことで、具体的に新しいTPA法案を作成する準備に入ったとの報道もあります。新しいTPA法案は、これまでのファスト・トラックではなく、スマート・トラックと呼ばれ、これまでになく厳しい要求が付きつけられることは必至です。
安倍首相に「日本の農業を守るとは言ったが、家族経営の農家を守ると言った覚えはない」と言わせてはいけない
実はほとんど報じられていませんが、フロマン氏はエアフォースワンの中で、このようなやり取りもしています。
Q 日本政府はこれら6分野に対して、聖域という考え方を外すことに合意したとおっしゃるのですか。
政府高官: これらは日本にとってセンシティブな分野で、TPP交渉を行うに当たってこれらの分野に対する国民感情は考慮に入れなければならない、と言えます。しかし同時に、新しい、意味のある市場アクセスを創出するというTPP全体の野心的な前提条件も考えなければなりません。
米国が日本のセンシティビティを考慮しなければならないと言っているのは意外であり歓迎すべきことですが、同時にパラメーターという言葉を使って「意味のある市場アクセスを創出する」と言っている以上、共同声明の中身は、具体的な数字の合意には至っていなくても、実質的にどのぐらいの開放度合いを目指すのかは決まっていて、関税率と関税以外の措置を調整することで、日米双方の国内事情が許す見え方を探っている状態と見て良いのではないでしょうか。
2007年3月当時、TPA法の失効期限を利用して、韓国側が交渉を有利に進めたという実績がありますので、日本政府はそれを見習って、TPA法案がないこと、中間選挙が近いことなどで交渉を急いでいる米国の足元を見て、これ以上の譲歩を重ねる前に交渉をまとめてしまいたい、と考えている可能性はとても高いです。あくまでも関税ゼロを主張してきた米国ですが、現在日本が出している水準で妥協してくれれば、それに乗ってしまう可能性は否定できません。問題は、安倍首相をはじめとする政府が考えている「国益を守った」状態と、自民党議員を含むTPPに慎重あるいは反対の立場を取る人々が望んでいる水準が、大きくかい離している可能性があることです。
ですから、日本が守るべき国益の定義について、ここで改めてしっかりと定義していくことが必要です。私たちが思い描く農村の姿と、安倍首相やフロマン氏の頭の中にある日本の姿は共通しているでしょうか。昨年、日本が正式に交渉参加を決めるときになって、「聖域なき関税撤廃が前提のTPPには反対と言ったが、TPP交渉参加そのものに反対と言った覚えはない」という安倍首相の発言に学び、「日本の農業を守るとは言ったが、家族経営の農家を守ると言った覚えはない」と言わせないよう、確認していきたいと思います。
参考文献
・牛肉関税「9%以上」…TPPで日米歩み寄り(読売新聞)2014年04月20日
・日米共同声明(外務省)
・日本との貿易交渉に関する政府高官によるプレスへの背景説明(ホワイトハウス)
・国境措置組み合わせ 重要品目を一括判断へ TPP日米協議 (日本農業新聞)2014年5月2日
・White House Adviser Says TPP, Other Deals Hard To Conclude Without TPA(IUST)2014年4月28日
・Wyden: 21st Century Trade Policy Must Give All Americans a Chance to Get Ahead
(上院財政委員会)2014年4月9日
・上院財政委員会「2014年オバマ大統領の貿易政策に関する公聴会」2014年5月1日
・日米TPP交渉、合意なしとの米政権の判断正しい=米上院財政委長(ロイター)2014年5月2日
・Nunes Signals TPA Renewal, TPP Conclusion Might Not Happen Under Obama(IUST)2014年5月1日
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