TPP:日米の基本合意があったという読売報道の裏側を読む

エアフォースワンで行われたフロマン氏による記者への背景説明

 オバマ大統領の日本滞在は、甘利大臣とフロマンUSTR代表による日米の協議が紛糾し、共同声明の発表が閣僚級会合の結果を見てから、という異例尽くしの展開となりました。そして出された日米共同声明の中に、結局「breakthrough」という決定的な言葉は含まれませんでした。
 代わりに記されたのは、「本日,両国は,TPPに関する二国間の重要な課題について前進する道筋を特定した。」というなんとも煮え切らないような一文でした。それを受けて、新聞、テレビ等各メディアが「基本合意ならず」という報道をする中、読売新聞だけが「実質基本合意」と報道し、混乱が発生しました。
 基本的に大手メディアは、ソースがないことを報道することはしません。甘利大臣への取材ができない読売新聞のニュースソースはTPP協定交渉参加推進の官僚と、今回何としても日米で基本合意をしたかった米国側の発表をソースとして報道したのでしょう。その元になったと思われる、日本から韓国へ向かう米国政府専用機エアフォースワンの中で行われたフロマン代表による記者説明の中の一説を仮訳してご紹介します。この政府高官というのが、フロマンUSTR代表のことです。

Q 合意はありましたか?日本はなかったと言っています。これは合意ではなく、ギャップが縮まったと、それだけです。

政府高官: いえ、マーク(訳者注:記者の名前)の質問への答えが基本になると思います。まだ交渉しなければならないことがあります。今回のことを特徴づけるとすれば、我々には解決策がある(We have a breakthrough)、とします。我々には解決策があり、これらの問題を解決する道筋があります。そしてこれは他の市場アクセス交渉や、ルールに関する交渉を最終的に妥結にも関連しているので、カギとなる道標なのです。

Q しかし貿易交渉に関して報道する場合、私がこれまでに行ってきたのは、関税の水準に関してライン毎に詳細に見て最終の合意がなされるまでは・・・「breakthrough」という言葉を使うことについて、私は自分が理解しているかどうか自信がありません。どうしたらこれから一か月後に、日本が最後の2.5%について交渉すると言わせないようにできるでしょうか。

政府高官: 繰り返しになりますが、我々は解決ができそうだ、解決への道筋がありそうだと思った多くの点で細かく作業しました。あなたは貿易交渉を報道しているからご存じでしょうが、全てが合意されるまで、何も合意されることはありません。ですから合意があったかと言えば、合意は包括的なパッケージが出来上がった交渉の最終日に合意ができるものです。それは今現在の状態とは違います。我々は、他の交渉のカギを解く主要な市場アクセスに関する問題をどのように解決するかの可能性が見えている状態です。

 このやりとりで分かるように、「breakthrough」という言葉で交渉を評価することはすなわち、基本的な合意があったということを示すのが従来の見方で、これまで米国が行ったFTA交渉に関する報道でも、この「breakthrough」があったかなかったかは大きなカギとして扱われてきました。今回、共同声明の発出が遅れたのも、声明文に「breakthrough」の文言を入れたい米国側と、現状と違うと拒否した日本側の思惑の違いによるものだったと言われています。
 これまで米国はTPPに関して2013年10月の大筋合意「substantially closed」、2014年2月の大枠合意「substantially concluded」などの文言を声明文に入れようとして、その度ごとに相手国から実情と違うと抵抗され、ことごとく失敗しています。なぜそこまで実情と違うにも関わらず、米国は交渉が進展したことをアピールするような文言を声明に盛り込むことを要求してくるのでしょうか。

卵が先か、鶏が先か、TPPとTPAの関係

 「オバマ大統領はTPA法案を運よく通せても、TPP交渉で譲歩できない」で述べたように、現在オバマ政権には通商交渉を締結する権限がなく、TPP交渉をまとめるためにはTPA(大統領貿易促進権限)の取得が必須です。これまでUSTRは、TPAと自由貿易交渉の関係について、最終的には必要だが、ない状態でも交渉は続けられる、と米国議会に対し説明してきました。
 ところが、いつまでもそうは言っていられない状況になってきました。4月28日付のIUSTによると、ホワイトハウスの特別アドバイザー、ジョン・ポデスタ氏が4月25日に輸出入銀行の年次総会で

TPAは議会にとって必要だが、その交渉がどのようなものであるかを知らずに成立させることは難しく、貿易交渉において議会に必ず賛成か反対かの投票を行わせると保証する権限を持たなければ、妥結は難しい。

と発言し、それに対してペニー・プリツカー商務長官が、TPPの秘密性がオバマ政権の貿易政策について連邦議員に説明するときの障壁で、

議会は貿易協定に何が含まれているのかTPAを渡す前にもっと知りたいと思っているが、そのTPAは交渉を前に進めるためになくてはならないもの。鶏が先か、卵が先かの話です。

と現在のこう着した状況を改めて認めてしまったのです。
 5月1日に開かれた上院財政委員会の2014年貿易政策に関するフロマン氏を呼んでの公聴会でも、共和党のランキングメンバーであるオリン・ハッチ議員は、

現在TPAなしで交渉しているが、それではハイスタンダードな貿易協定を妥結することはできないだろう。今年中にTPAを成立させたければ、6月までには作業を始めなければならない。この委員会と一緒に働く気はあるのか。私は1月にTPA法案を出したが、それは民主党の誰か(訳者注:リード民主党院内総務。彼は2007年のTPA法更新も阻止し、今年1月にハッチ議員が当時財政委員長だったボーカス元上院議員と、下院歳入委員会委員長のキャンプ議員が共同で新TPA法案を提出したとき、共同提案者になることを拒否し、新法案提出の翌日には反対を表明した)がこれはやらないと言った。ブッシュ大統領は2002年に相当議会に働きかける努力をしてTPAを取得した(訳者注:ブッシュ大統領はTPAを取るために法案をパッケージ化して巨額の農業補助金を制定したり、貿易調整支援(TAA)プログラムを入れたり、それらの修正案を入れたりと様々な工夫をした)が、オバマ大統領にはその努力が見られない。

と、不満をぶつけました。
 TPAがなければTPPは前に進まず、TPPが前に進まなければ内容が分からないのでTPAの取得手続きが前に進まない。この状況を打破するためには、TPPが進まないもう一つの原因である日米の関税に関する二国間協議で、何としても日米の基本合意があったことにしたい、その思いでこの「breakthrough」という言葉を通常とは違う使い方で背景説明に組み入れた、という見方が真相に近いのではないかと思います。

→ 次ページ:「Breakthroughは一日にして起こりうる」を読む

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西部邁

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