「自由が絶対善なのだ」というイデオロギーについて

下見板の木塀

「自由」と言えば聞こえがいいのです。もちろん、「言論の自由」とか「信教の自由」など、民主主義国家なら当然ながら守るべき自由があります。しかし、何もかも「自由」にするべきではないことは、誰でも分かるでしょう。「盗む自由」や「殺す自由」など、あり得ないものがあります。そして、中には「絶対善」または「絶対悪」でもなく、そのときそのときの状況に応じてやるかやらないかを「プラグマティック」(実用的)に決めるべきものもあります。

自由貿易は絶対善か?

では、「自由貿易」はどうでしょうか。自由貿易とは、「国家が商品の輸出入についてなんらの制限または保護を加えない貿易。輸入税・輸入制限・為替管理・国内生産者への補助金・ダンピング関税などのない状態」(三省堂大辞林)と定義されています。一国の政府が外国との貿易を制限するかどうかは、そのときそのときの状況に応じて判断するのです。国民の生活を守ることが国家の目的であり、「自由貿易」がその目的に貢献するか否かをそれぞれの国の政府が判断するというのは、まともな「国家観」における当然のことです。

ところが、貿易の自由があたかも人間の「不可譲の権利」かのように考えている有識者もいます。例えば、経済学者の竹中平蔵氏は某テレビ番組で「人々の自由を保つための自由貿易だから、インフレ・デフレ関係なく(自由貿易は)やらなければいけない」と述べています。これは同じ番組で、三橋貴明氏が自由貿易に関して物価が下がり続けるデフレ期で貿易の自由度を更に上げるとデフレが悪化すると主張したことに対しての反論でした。竹中氏はつまり、「自由貿易」はいかなる状況においても推進するべき「善」であるというふうに考えていることが伺えるわけです。

これはまさに、「価値観」や「思想」や「イデオロギー」の領域です。竹中氏にとって、国境を越えた自由な交易が「基本的人権」や「歴史の必然」として考えているように見えます。ですから供給過剰で物価が下落し続け、所得が減り続け、人が失業し続け、国民が苦しみ続けているデフレ期においてもTPPなど供給能力を引き上げデフレを悪化させる恐れのあるような「自由貿易」関連政策を実施するべきだというのです。

それに対して三橋貴明氏は、「デフレのときはデフレ対策を、インフレのときはインフレ対策を」実施するべきだと主張します。自由貿易は、供給を増やす政策であり、供給不足が原因で経済がインフレ状態ならば実施する意義があるでしょう。逆に、デフレ期に貿易の自由度をさらに上げると、デフレが悪化してしまう恐れがあるのでやるべきではないと考えられます。「自由貿易」は「絶対善」や「基本的人権」でもなんでもなく、プラグマティックに行使すべき「ツール」に過ぎないのだということです。つまり、自由貿易はより多くの国民が幸せになるならやってもよくて、国民が不幸になるならやるべきではないのです。

同じ日本人なのに、三橋貴明氏と竹中平蔵氏になぜ、こんなに「価値観」や「国家観」または「世界観」の違いがあるのでしょうか。生まれ育った環境、受けてきた教育、体験してきたことなどが人の世界観を形作ります。竹中氏は、アメリカで受けた教育から大いに影響を受けているのではないかと思います。何せ、「個人の自由」を強調することがアメリカの伝統文化に根付いている根本原理なのです。

電力市場の完全自由化も絶対か?

それはともかく、日本国民は、経済政策における「自由化」についてもっともっと議論するべきだと思います。政府の色々な「会議」から出てくる様々な政策案をひとつひとつ吟味しなければなりません。ある政策でより多くの国民が本当に幸せになるのか、それとも、一部のグループが限られた所得の「パイ」の中から他のグループの分を横取りするだけになるのか、などなど、検証するべきです。

例えば、安倍総理が、この前の世界経済フォーラム(ダボス会議)にて、「電力市場を、完全に自由化します」と、世界に約束してしまいました。

平成26年1月22日 世界経済フォーラム年次会議冒頭演説~新しい日本から、新しいビジョン~ | 首相官邸ホームページ

安倍総理は一体、何を考えてそんな宣言をしたのでしょうか。まさか竹中氏と同じように、「自由は絶対善なのだ」というふうなお考えをお持ちなのでしょうか。フィリピンでは以前から電力の「自由化」が実施されていました。自由化によって、電力料金が下がるだろうと言われていたが、その逆が起きました。結果として、フィリピンのエネルギーコストがアジアにてもっとも高く、時にはマニラの電気代が東京より高くなっています。

日本政府が電力の自由化などのような「規制緩和」を実施する前に、フィリピンなどの事例を見て、国民が本当により豊かになるかどうかを真剣に検討するようにと、切に願っています。

西部邁

レイ

レイ会社員

投稿者プロフィール

日本が大好きなフィリピン人です。80年代の不動産バブルが弾けるちょっと前に留学生として来日しました。現在はサラリーマンをしていて、日本人の妻と三人の子供と一緒に平凡な暮らしをしています。日本経済は長年デフレ状態で成長が滞っているのですが、必ず復活することを信じています。

この著者の最新の記事

関連記事

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

  1. 酒鬼薔薇世代

    2014-6-20

    【激論!酒鬼薔薇世代】私たちはキレる世代だったのか。

    過日、浅草浅間神社会議室に於いてASREAD執筆者の30代前半の方を集め、座談会の席を設けました。今…

おすすめ記事

  1. SPECIAL TRAILERS 佐藤健志氏の新刊『愛国のパラドックス 「右か左か」の時代は…
  2. ※この記事は月刊WiLL 2015年6月号に掲載されています。他の記事も読むにはコチラ 女性が…
  3. 酒鬼薔薇世代
    過日、浅草浅間神社会議室に於いてASREAD執筆者の30代前半の方を集め、座談会の席を設けました。今…
  4. SPECIAL TRAILERS 佐藤健志氏の新刊『愛国のパラドックス 「右か左か」の時代は…
  5.  経済政策を理解するためには、その土台である経済理論を知る必要があります。需要重視の経済学であるケイ…
WordPressテーマ「CORE (tcd027)」

WordPressテーマ「INNOVATE HACK (tcd025)」

LogoMarche

ButtonMarche

イケてるシゴト!?

TCDテーマ一覧

ページ上部へ戻る