愛国心が馬鹿の代名詞になった日~貧困JKと愛国者たちの戦い~
- 2016/9/14
- 政治, 社会
- 103 comments
弱者は弱者に冷たい?
最後に補足で感想を付け加えると、今回の事件であまりにも非生産的だと思えるのが、「俺なんてもっと困っているのに、こんなに贅沢しながら貧困を語るな!!」と声高に唱えていた人々です。この人たちの何が非生産的であると思えるのといえば、ずばり、このように貧乏人同士でバッシングし合っても何も事態は改善しないという点です。
言葉は悪いですが、結局のところこの辺りが弱者の弱者たるゆえんというか、本来であれば互いに助け合ったり、あるいは協力して声を上げていかなければならないのに、何故かつまらないことで弱者同士、困窮者同士で互いにバッシングし合ってしまう。
現在の日本のように経済や社会全体が上手くいっていないような状況においては、人々の不満は鬱積していきます。その中でポピュリストの政治家は民衆の不満を上手く掬い上げるカタチで人気を得ていく、この時に利用するのが、「○○が悪い!!」という仮想敵を作り上げて自分を仮想敵と勇敢に戦う挑戦者の地位に位置付ける手法です。このような政治家は一見アグレッシブで勢いがあり、有権者の目に魅力的に映ることが多く、このような政治家を思わず支持したくなる人々の気持ちは分からなくはないのですが、このような政治家が残すのは結局対立と分断と怨恨のみです。
本来、皆で協力しなければならない状況で国民を分断し、その間の信頼関係を滅茶苦茶に破壊するのがこのテの政治家の特徴なのですが、結局、その程大きな代償を支払って得られるものは一時の興奮と熱狂のみです。
近年の日本の政治は、次々にこのようなポピュリストの政治家を熱狂的に支持しては、次第に飽きて次にもっと自分たちを興奮させてくれるような新しい刺激的な政治家を選択していくというその繰り返しだったのではないでしょうか?
国民のレベル以上の政治家は生まれないとはよく言ったもので、おそらく、このようなポピュリストの政治家を選択し続け、もっとまともで堅実な政治家を排除した末に、「日本にはロクな政治家がいない・・・」と嘆いているのが現在の日本の状況なのかもしれません。ポピュリストを支持するか、パッとしない無能な政治家を支持するか、あるいは「どいつもこいつもしょーもない奴ばかりだ」と嘆いてみせるか・・・現在の日本では本当にその3つくらいしか政治的な選択が出来なくなっているのかもしれません。
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コメント
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続けて言えば、ここで問題なのは、本当にうらら氏は「貧困」なのか?
「貧困」をビジネスにして、本当の貧困を蔑ろにしているのではないのか?
10年ほど前ですが、「おにぎりが食べたい」といって餓死した日本人がいる一方で、うらら氏のような、この程度の「貧困(?)」が声高にNHKのような強力なマスメディアを味方につけて被害者アピールしているような現状を、一体どう思っているのでしょうか。
うーん、記事を読んだら、ちょっと問題点がズレてるような気がしました。
貧困であっても多少の贅沢を楽しむのは大目に見ていいと思いますが、(それにしても、私はちょっと度を超えていると思いますが…)最初から貧困をビジネスにして、弱者ぶればいくらでも金が貰える、というような、そんな世の中になってはいけないと思います。
生活保護などはまさにそうで、「本人が本当に困っているかどうか」で判断されるべきところですが、現実としては、サヨク系団体がヤクザまがいの圧力団体として機能してしまっており、役所もそれが怖くてなかなか正しい判断を下せない現状があります。
役所からしたら、訴訟を厭わない暴力団まがいと対立するのが面倒くさいから、被害者ぶる奴らにばっかり金を渡し、本当に困っている日本人には決して生活保護を渡さず、時には餓死すらさせる、というような状況が出てしまっています。
ネットの怒りも、「ちょっと気が緩んで他人のお金で生活してる身なのに少し無駄遣いしちゃった」というケースではなく、「遊ぶ金ほしさに、被害者アピールして、訴訟等をちらつかせて役所から金を脅しとる」といった、貧困ビジネスのケースに対してのものだと思います。