流行語大賞「保育園落ちた日本死ね」トップテン入りから考える大衆社会論

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賛否両論?流行語大賞「保育園落ちた日本死ね」のトップ10入り

12月1日に「2016ユーキャン新語・流行語大賞」が発表となり、「日本死ね」がトップテンに選ばれました。しかし、現在この「日本死ね」というワードが流行語大賞にノミネートされたことに関して賛否両論の声が上がっています。
もともと、この「日本死ね」という言葉は保育園の抽選に落ちた匿名ブロガーが怒りを綴ったエントリー記事に由来するもので、マスメディアや国会等で取り上げられる等大きな反響を呼びました。
この受賞結果に対し、タレントのつるの剛士は自身のTwitter上で「なんだか日本人としても親としても僕はとても悲しい気持ちになりました」など、過激な表現に対して疑問の声も上がっています。

「日本死ね」は甘やかされた子供の叫び?

この言葉が流行語大賞でノミネートされた際に私が思い出したのは、19世紀のスペインで生まれた哲学者オルテガ・イ・ガセットが『大衆の反逆』の中で書いた次のような言葉です。


飢饉が原因の暴動では、一般大衆はパンを求めるのが普通だが、なんとそのためにパン屋を破壊するというのが彼らの普通なのである。

仮に、保育士施設の充実や育児環境の整備を「政府による行政サービスである」と考えるなら、「日本死ね」という言葉は行政サービスが不十分な状況の不満に際して行政サービスの提供主体を攻撃するという意味において、まさに、先のオルテガの言葉でいうなら「パン屋死ね」と言うに等しい発言です。つまり、「保育園落ちた日本死ね」とは言い換えるなら「パンが手に入らないパン屋死ね」という言葉であり、冷静に考えるなら「いや、パン屋を殺したら、ますますパンが手に入らなくなるだろ?!」と思わずツッコミを入れたくなってしまうような的外れな発言です。

ところで、先のオルテガの言葉にある「彼ら」とは、オルテガが「甘やかされた子供」と説明する大衆人のことです。「甘やかされた子供」(とは言っても、その子供とは40代であったり50代であったり、時には70代や80代であったりし得るのですが)たる大衆人は、自己の享受する権利や快適な環境を生得的な、一切の努力もなしに当然のように享受しうる権利であると考えながら、一方でその安楽かつ快適な生活の根拠(である国家等の共同体)には連帯責任を感じていない存在であり、その性質は「自分の生の欲望の、無制限の膨張」と、「自分の安楽な生存を可能にしてくれたすべてのものに対する徹底的な忘恩」によって特徴づけられるとしています。

パンがないならパン屋をぶち壊せばいいじゃない

オルテガは大衆人の代表的な特徴の一つとして徹底的な忘恩というものを挙げていますが、確かに日本の戦後の左翼の特徴もまた国家という集団に対しての恩の気持ちを欠いています。また、政府の行政サービスに不満を持ちながらも、その行政サービスを提供する主体である政府に対して何ら積極的に連帯して責任を負おうとする意識も薄いと言えるでしょう。

一言でいうならば、実質的な自民党の一党支配体制の中で戦後の時代を過ごしてきた日本の左翼というのはどこまで行っても野党的なメンタルというか、国家の運営や統治に対して主体的に責任を担っていこうとする意識が希薄なのです。例えば、民主党政権下の事業仕分けが典型的ですが、民主党では政権与党となりながら国家運営のための欠くべからざる機関としての官僚機構を最も憎むべき悪として敵対視しました、政治家の掲げる政策やビジョンを実現するための実行部隊である官僚と、政治家が対立したままスムーズな国家運営が可能になるハズもなく、結局民主党政権は4年もたずに終了しその後政権交代可能な野党としての支持は完全に失われます。

このような国家運営を主体性をもって責任を共有していく意識が希薄である日本の戦後左翼においては、パンが足りない時にパン屋を破壊しようとする大衆人のごとく、行政サービスの不足に対して「日本死ね」という過度に破壊的かつ衝動的な反応を示してしまう。もしかするなら「日本死ね」ではなく、「日本もっと仕事しろ!!」くらいにソフトな表現を使えば、ここまで問題にはならなかったかもしれません。もっとも匿名ブログの記述が「保育園落ちた日本もっと仕事しろ!!」であったらマスコミも政治家も行政も動かなかったでしょうが・・・。

無責任野党と、独裁的与党体制のという悲劇

現在の日本の状況において、右派は「無能な野党が悪い!!」と叫び、逆に左派は「強権的で独裁的な政権運営を行う与党が悪い!!」とお互いに罵り合っているワケですが、おそらくはどちらの主張も正しいのでしょう、しかし、さらに付け加えるなら、この無能で不人気で無責任な野党と、独裁的な与党という組み合わせこそが最悪な状況を作っているのではないかと思います。

言うまでもありませんが、現在の日本の政治状況において政権交代可能な野党が存在する二大政党制を実現することはほとんど不可能です。ですが、戦後のいわゆる55年体制という実質的な自民党の一党強状況においては、自民党は党内に様々な考えを持った派閥を抱え、党内で多様な考えを持った政治家やあるいは派閥などが闊達に議論を交わせる懐の広い正党であったと言われていました。

ですので、過去には仮に政権交代可能な野党が外部の勢力として存在していなくとも、派閥のシステムの中で様々な考えを持った議員が闊達な議論を交わし、また派閥の持ち寄りで総理の座を回していくことによって、党内与野党による疑似的な政権交代を可能にしていたのです。

しかし、現在では、派閥は解体され、多くの議員が後ろ盾を失い、上からの考えの押し付けに抵抗するすべを失いました。そのような状況で、多くの政策が総理からのトップダウンで決定され、法的根拠を持たない党議拘束を連発され、さらに党や総理の意向に従わない政治家は容易にパージされ次の選挙で公認を得られなくなったり、場合によっては選挙区に刺客を送られる等の嫌がらせが堂々と行われるようになっています。

このような事情により、現在では、ほとんどすべての議員が自己保身のために総理の意向に反する考えを表明することがほぼ不可能となり、おまけに党の総裁任期を延期することで、一人の人間が延々と他の党員を押さえつけ支配するカタチで最高権力者の座に居座り続けることを可能にしようとしています。おまけに有力な野党はどこにも存在しない。

これは言うなれば、マクドナルドが資本の力で国内の外食市場を席巻し他の外食産業をほぼ全て潰し尽した後に、メニューをハンバーガーとビックマックだけに絞ってしまうようなもので、国民にとっては地獄でしかありません。

無気力化と政治的無関心の進行

政治的無関心が指摘されることの多い日本国民ですが、よくよく考えてみれば、戦後ずっと自民党の一強体制であったことを考えれば、政治に関心を持てなくなってもある意味で仕方ないでしょう。

加えて現在の状況においては、首相は公選制ではないですし、自民党以外の野党がほとんどまともに機能していない状況ですから、ほとんど国民に選挙による選択の余地はありません。ほとんど名前も聞いたことがないような無名のハンバーガーショップと、マクドナルドのうち「どちらに行きたいか?」と聞かれればほとんど人は仕方なしに「じゃあ、マクドナルドにしよう」と言うでしょう。

現在の日本の有権者が直面している選挙とは、ほとんどコレと同じようなもので、到底積極的に支持しようとは思えないような酷い野党の束を見せられ、「だったら、まあ自民党にするよ・・・」と投票しながらも、選挙が終われば途端に「自民党が選ばれました!!これこそ公正な民意による信託なのです!!」と高らかに宣言されてしまう。大抵の人がマクドナルドもビックマックも大して好きではないのに、「とりあえず」選んでしまうように、選挙においても、自民党も安倍首相も大して好きではなくとも「とりあえず」選んでしまうワケです。

別に何ら、主体的かつ積極的な興味や関心も抱いていなくとも、その選択を民意による信託の根拠とされ、高らかに正義を掲げられてしまう状況に対するバカバカしいと思う感情や嫌悪感がこうも長く続けられるなら、むしろ、無気力になったり、政治に関心を持てなくなるのは当然でしょう。

現状は、特効薬どころか治療薬すらあるのかないのかも分からないような政治状況ですが、我々にはこういった状況を一つ一つ認識して整理していく必要があるのかもしれません。

西部邁

高木克俊

高木克俊会社員

投稿者プロフィール

1987年生。神奈川県出身。家業である流通会社で会社員をしながら、ブログ「超個人的美学2~このブログは「超個人的美学と題するブログ」ではありません」を運営し、政治・経済について、積極的な発信を行っている。

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