「サブカルvsオタク」の争いは岡田斗司夫が悪いことにしないと、すごく怒られる件

 ——さて、ちょっとここで町山さん、竹熊さんの物言いに立ち返ってみたいと思います。
「岡田が私怨でそうした対立構造を捏造したのだ」といった言い分は、しかし、「サブカル」側の主観に立てば、実に率直な実感なのだと思います。
 上に述べた「世代交代論」をここに導入してみると、彼らの言い分はサブカル世代のオタク世代に対する、「よくも俺たちの事務所から独立しやがったな」とでもいったぼやきとして解釈することが可能になります。
 そう、考えてみればオタクにとってのバイブルとも言える『機動戦士ガンダム』は「地球連邦政府」の圧政に耐え兼ねた宇宙基地(スペースコロニーと呼ばれる、宇宙の植民地)が「ジオン公国」として独立戦争を仕掛ける物語でした。それと同様、或いはイギリスとアメリカの関係同様、オタクは独立戦争を起こしただけだったのではないか。
 いえ、むろん、逆に例えばですが、実は「地球の圧政」などなかったのに「ジオン公国」のトップが「独立」の口実としてそれを捏造したのだ——といったシナリオもあり得ます*4。そうなるとサブカル陣営の主張も正当性を帯びてきますし、恐らく町山さんや竹熊さんの言い分はそういったものなのではと思いますが、しかし、上の竹熊さんの発言自体が「連邦政府の圧政はあったよなあ……」という印象を、まずいことに裏づけてしまっています。竹熊さんが言及している中森さんは、「コミケに集う気持ちの悪い若者」を見下し、蔑んで「オタク」との呼称を提唱していたのです。ここ二十年、商業性と文化的な独立性を持つことで「しょうことなしに」世間に受け容れてもらえるようになっただけで、オタクは本来、「棄民」だったのです。
 それが、『エヴァ』の文化的商業的成功を見るや、今までオタクをバカにしていたサブカルが、どやどやと入ってきて弁当を広げ出した……それを今回の彼ら自身の発言こそが、裏づけてしまっています。
 2006年にはサブカル陣営による『嫌オタク流』という本が出されました。タイトルからもわかるようにこれは『嫌韓流』に影響を受けた本で、著者たちが何の根拠もなくオタクを韓国人差別者であり、女性差別者であり、黒人差別者であり、障害者差別者であるとただひたすら罵詈雑言を並べ立てる、まさにウルトラ級のトンデモ本。同書の帯には

本書を、
「オタクこそが優生種族である」
「市場原理によってオタクはオタク以外のものを淘汰した、我々の勝利だ!」と無邪気に信じている人々へ捧げる———。

 などと書かれているのですが、そうした主張をしているオタクなど少数派でしょうし、言っているとしてもそれはむしろ、自らの地位が低いがために一種の逆説としての主張であることが大前提でしょう。もっとも、オタク文化に完全な敗北を喫しているサブカル側の主観では、世界がこのように見えてしまうというのは、わからない話ではないのですが。
 ここには、「反ヘイト」と自称している人々こそが非常に往々にして「ヘイト」的な振る舞いに出る現象と、全く構造が立ち現れています。
 もちろん、本書についてはさすがにあまりにも病的で、サブカル陣営の代表とすることは憚られるかも知れません。しかし、本書の著者たちの名前——中原昌也、高橋ヨシキ、海猫沢めろん、更科修一郎——を並べてみるとどうでしょう。前者二名は町山さんが創刊した『映画秘宝』に非常に縁深い人々です(翻って海猫沢さんはオタク側にも親和的で、本書の中でも一応、オタクの味方というスタンスです)。町山さんが彼らのこうした言動を知らないとは、考えにくい。にもかかわらず、まるでオタク側が一方的にサブカルにケンカを売っているかのように語るのは、アンフェア極まりありません。

*4 考えると『機動戦士クロスボーン・ガンダム』はそういう図式でした。革命家側に共感的な『ガンダム』ですが、若い世代によって作られたその派生作品がオリジナルとは異なり、「被害者を称する側の被害妄想」という「自己責任史観」を取っているのは示唆的です。

 もう一つ、彼らの発言を見ていて気づくのは、彼らが異常なまでに岡田さんを過大評価している点です。この傾向は町山さん、竹熊さん*5のみならず、往々にして見られるものです。これは、安倍さんさえやっつければ外交問題もエネルギー政策も全てが驚くほど簡単にクリアできるのだと考える人々のメンタリティに、何だか近い感じがします。
 しかし……ここまで見てくると、サブカルが若者たちの支持を失った原因は、別に岡田さんのせいではなく彼らの中にこそあるのでは、ということもわかってきたのではないでしょうか。
 上に、オタクとサブカルの違いを「思春期の割礼」に求めた意見を引用しました。
 それからちょっと、連想したことがあります。
オバケのQ太郎』の正ちゃんには、伸ちゃんという中学生のお兄さんがいます。
ドラえもん』ののび太は一人っ子です。
 何故でしょう。
『オバQ』は60年代から70年代にかけて描かれ、『ドラえもん』は70年代に始まり80年代にブレイクした作品。現実の世界でも一人っ子が増えて行ったという状況もあったでしょうが、『オバQ』の頃には青年文化に勢いがあったからということも、理由の一つでしょう。伸ちゃんはステレオでビートルズを聴いていたのです。
 80年代には青年文化に翳りが見られ、代わって子供文化が大人を巻き込むまでの勢いを持つに至りました。
 サブカルとは、そうした流れを理解することができず、オタクを弟分だと信じ続け、SEALDsのメンバーに加えようとし続ける、し続けつつ、それが叶わない人たちであったのです。

*5 ただし、竹熊さんは個人的に岡田さんとの確執があり、彼の立場はまた、独自のものかも知れません。両者のファンであるぼくとしては、見ていて心が痛むのですが。

■付記■

 もう十年前にも『ユリイカ』で「オタクvsサブカル』特集号が編まれたそうですが、さすがに入手して読むだけの余裕がありませんでした。
 同書も「オタクvsサブカルはなかった」的な論調になっていたようですが、これの責任編集は加野瀬未友。この御仁は以前、デマを流してぼくを攻撃してきたことがありました。詳しくは美津島明様のブログ「直言の宴」へ寄稿させていただいた「 「ホモソーシャル」というヘンな概念にしがみつく人たち」をご覧ください。「オタク史はオタク修正主義の歴史そのもの」であることがおわかりになるかと思います。

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西部邁

兵頭新児

兵頭新児

投稿者プロフィール

アキバ系ライター。
主著に『ぼくたちの女災社会』
女性ジェンダーが男性にもたらす災いとして「女災」という概念を提唱。
ついついフェミニズム批判ばかりをしていますが、自分では「男性論」、「オタク論」がフィールドだと思っています。
ブロマガ「兵頭新児の女災対策的随想、兵頭新児の女災対策的随想(http://t.co/gpKQJTszv9)」もよろしく。
ご連絡はshin_2_h@ybb.ne.jpまで。

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