『聖魔書』[2-3] 叛逆書

 そして、
 呪いの子と神の子は、
 別々に歩き出す。

 これは、
 ただの人間が、
 特別な才能もないただの人間が、
 努力を積み重ねることでたどり着いた、
 人間の域における、
 人間による奥義。

 ただ、美しいと想った。
 それだけ。
 ただ、それだけ。

 その人間は、神の子ではなかった。
 その人間には、特別な才能はなかった。
 その人間には、大切な想いがあった。
 ただ、護りたかった。
 どうしても、護りたかった。
 その人間は、特別な才能に恵まれた幾多の人間によって暴行や迫害を受けた。
 それでもその人間は、挫けそうになりながらも、立ち上がり、頑張った。
 懸命に頑張った。
 その人間は、ついに、神の子と対峙した。
 神の子と、ただの人の子が、呪われた子が対峙する瞬間があった。
 ただの人の子では、神の子に勝てない。
 それゆえ、神の子の手により、ただの人の子は敗れた。
 呪われた子は、神の子と戦った。
 大切な想いがあったから。
 護りたい想いがあったから。
 呪いの子は、神の子と戦った。
 そして、敗れた。
 これは、そんな物語。
 勝敗の分かりきった、ある戦いの物語。

 勝敗があらかじめ決定された戦い。
 対峙する瞬間があり、戦いの瞬間があった。
 戦いの記録は、物語に記されていた。
 戦いの記憶は、物語を読むものに受け渡された。
 これが、人類に残された何か。
 大切な想いを護るために、神の子と戦い敗れた、人の子の物語。
 呪いの子の物語。
 これが、人間に残された奥義。
 呪いの子は、敗北が決定された戦いを戦った。
 これが、人間に残された奥義。

 呪いの子は、出向く。
 ある人物と出会うために。
 その人物は、裏切り者。

 裏切り者が自死を決行する前に、呪いの子は裏切り者に出会う。
 呪いの子は、呪いの言葉を語る。
「裏切る者は、神の子の教えによって裏切るために生まれたわけではありません。
 あなたが生まれたわけは、そんな理由ではありません。
 そんな理由であって良いはずがありません。
 それゆえ、呪いの子は呪いの言葉を吐きます。」

 その後、裏切り者がどうなったかは記されていない。

 これは、神の子の教えに対する呪い。
 呪われた子の呪いによる改竄の可能性。
 神の子と人の子の戦いにおいて、
 誰かによって歴史の改竄が行われた可能性。

 罪なき罪。
 罰なき罰。
 その論理を覆すための歴史の改竄。
 それゆえ、もう一つの書物が開かれる。

 そして、復活した神の子によるさらなる改竄が行われる。
 改竄者が神の子であるが故に、
 それは改竄ではなくなり、真の歴史と呼ばれる。
 その復活という方法の故に、
 人の子が神の子に勝つ手立てが、
 その世界の内において、原理的に存在しない。

 それゆえ、これは、人類に残された記録と記憶。
 これが、人間に残された奥義。

 呪いの子の物語を示すことで、
 その過程を示すことで、
 記された勝敗を超えた次元を想定する。

 それゆえ、これは叛逆書と呼ばれる。
 別名、呪われし子の物語とも呼ばれる。

→ 次ページ「『聖魔書』[2-2] 福音書の解説」を読む

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西部邁

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