乗数効果を否定する小野善康氏 ー 失われた20年の正体(その15)
- 2014/4/13
- 経済
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こんにちは、島倉原です。
今回は、経済学者で民主党の菅直人政権時に経済政策のブレーンをつとめた、小野善康氏(大阪大学教授)の議論を取り上げてみたいと思います。
小野氏の「The Keynesian Multiplier Effect Reconsidered」(ケインズ乗数効果の再考)という論文に対しては、「乗数効果は『絵に描いた餅』であり、国民の所得を増やすという意味での景気対策には全く効果を持たないことを示した」と評価する向きもあります。
さらに、彼自身も共著者である「金融緩和の罠」という本では、「ケインズ理論の瑕疵をのりこえる独自の不況理論を打ち立て、世界的にも評価されている」(編集者である萱野稔人・津田塾大学教授)と紹介されていますが、実際はどうなのでしょうか。
財政支出の波及効果を否定する小野論文
前回の論稿「乗数効果とは何だろうか」では、「乗数効果とは、政府支出による民間所得増加が政府の取引先以外にも波及することにより、政府支出の増加額以上にGDPが増加する現象である」と説明しました。上記の小野論文では、以下のようなロジックによって「波及効果」を否定しています。
- 政府支出の財源を税に求めるのであれば、政府支出をいくら増やしても同額の税金を徴収することで民間の可処分所得は増えないため、波及効果は生じない。国債で資金調達する場合でも、政府債務は結局将来返済しなければならないものなので、効果は同じである。
- 政府支出増加による国民所得(あるいはGDP)へのインパクトは、当該支出と同額(公共事業等、当該支出がGDP統計の需要項目に該当する場合)またはゼロ(失業保険等、当該支出がGDP統計の需要項目に該当しない、いわゆる所得移転系の支出の場合)である。
- 政府支出の実質的な効果は、当該支出自身が直接国民に与える便益と、当該支出を通じた所得再分配効果(格差を広げる再分配を行えばむしろマイナス)のみである。したがって、再分配効果を考えなければ、いわゆる無駄な公共事業と所得移転の実質的な効果は共にゼロである。
ちなみに、上記のロジックを小野論文よりも若干簡略化して数式化すると、
Y=C+G かつ C=α(Y-T) かつ T=G
(Y:GDP、C:民間消費、G:政府支出、T:税金、α:可処分所得を消費に充てる割合)
であり、整理すると、
Y=G
となります(ここでは「GDP=政府支出」ではなく、「GDPの増加額=政府支出の増加額」を意味します)。前回の式では敢えてTを外出しにせず、税金が可処分所得に与える効果も加味してαを設定している点が、今回とは異なります。
小野氏は、上記「金融緩和の罠」、あるいは「不況のメカニズム」「成熟社会の経済学」といった一連の著作において、こうした乗数効果無効論に加えて、バブル崩壊後の日本は需要が慢性的に不足して生産力が余る「成熟社会」であり、可処分所得をいくら増やしてもお金が究極の欲望の対象になり、人々がモノを買おうとしないことが現在の長期不況の原因である、という議論を展開することによって、いわゆる「バラマキ効果」を二重の意味で否定しようとしています。例えば、「金融緩和の罠」では以下のように述べています。
- 「お金が究極の欲望の対象になる」という(中略)前提から出発すると、理論的にも恒常的な不況が説明できるのです。人びとはモノを買わずにお金にしがみつき、たとえモノの値段が下がっても、お金が惜しいのでモノを買おうとしない。
- 乗数効果は、財政資金を配る側面だけを見て、取り立てる側面を見ていないのです。(中略)一時的で、しかもほかで同じ額の税金を取られたり借金が増えたりするようなお金をもらっても、そう簡単に消費を増やすはずがありません。
なお、小野氏は経済政策の手段としての財政支出自体を否定している訳ではありません。
「成熟社会で需要不足であるがゆえに、当該支出によって直接の便益が少しでももたらされる(いわゆる「無駄ではない」)のであれば、行う意義がある」という前提に立ち、例えば「成熟社会の経済学」では、少子高齢化、災害対応、環境エネルギーといったテーマにおける財政支出のあり方について、議論を展開しています。
コメント
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島倉さん、
ごぶさたしています。
アヴァトレード・ジャパンの丹羽です。
偶然ですが、本日が、乃木坂ワイン倶楽部ヴィラージュの最終営業日となります。お世話になりました。
じつはわたくしも秘密結社的な経済学の研究会に属していて、小野さんの論文が話題になり、ちょっと探っていたところ島倉さんのブログにたどりつきました。勉強になります。ありがとうございました。
乃木坂ワイン倶楽部ヴィラージュ
オーナー呑むリエ 丹羽広