『聖魔書』[2-2] 福音書

 裏切りの儀式が始まった。
 裏切り者が、処刑人たちに神の子を差し出す。
 処刑人たちは、九人であった。
 九人の弟子たちは、処刑人たちから神の子を取り戻そうとする。
 処刑人によって、弟子たちは一人ずつ殺されていく。
 一人の処刑人が、一人の弟子を殺していく。
 見よ。弟子たちは安らかな顔で死んでいく。
 彼らは神の子の教えを理解していたのである。
 九人目の弟子が死んだとき、
 神の子は処刑場へと連行されていく。
 後には、裏切り者がそれを見送った。
 裏切り者は、神の子の教えを高らかに謳う。

 裏切り者は言った。
「私は世間の銀貨によって神の子を裏切ったわけではない。
 それゆえ、私が世間に対して為すことはもはやない。
 私は罪のない神の子を裏切るという罪を犯した。
 ここに、罪なき罪が完成した。
 罪なき罪によって、神の子の教えは示された。
 罪なき罪によって、人間の罪は赦された。
 神の子に祝福あれ。」
 そうして裏切り者は、自死を決行するため歩き出した。

 処刑人たちは、神の子を十字架に掛けた。
 神の子は言った。
「私は神の子である。
 ここに、罪なき罪が完成する。
 罪なき罪によって、人間の罪は赦された。
 その完成をもって、神の子の教えが示される。
 神の子は、他人を救い、自分自身をも救う。
 神の子は十字架に掛けられた。
 ここに、神の子の教えが示される。
 我が父なる神、
 我が父なる神、
 私を救ってくださり感謝いたします。」

 処刑人たちは言った。
「神の子の処刑には、他の生け贄が必要か。
 否。
 それは神の子の処刑に相応しくない。
 神の子は一人である。
 神の子の処刑は、神の子ただ独りで行われる。」

 神の子は死んだ。
 神の子が死んだ。
 神の子の死は、静寂を伴った。
 神殿が裂けることもなく、
 地震が起こることもなく、
 墓から死者が蘇ることもない。

 後に、神の子は復活した。
 神の子は、生から死へ移り、死から生へ移った。
 ここに、罰なき罰が示された。

 神の子は、予言していた。
 復活を見なければ信じない者には災いを。
 復活を見ずとも信じる者には幸いを。
 それゆえ、幸いを得るに値する者にのみ真実を。

 神の子は言った。
「見よ。
 私は世の終わりまで、
 人の子と共にある。
 全世界に、
 全創造物に、
 福音を宣教せよ。」

 神の子は言った。
「私には、汝たちに告げるべきたくさんの事柄がある。
 しかし、汝たちは今まだそれに耐えられない。
 しかし、終焉の刻はやがて来る。
 そのとき、真実は示されるだろう。」

 神の子は、天に昇り、神の右に座る。
 神の子の教えは叶えられた。
 神の子の言行は、
 記されたもの、および、記されなかったものと共にある。
 そこには神の子の教えがある。
 神の子への賛美歌が響き渡る。

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