「技術的失業」について ー テクノロジー崇拝が資本主義を不安定化する?

人気がない議論

 上に挙げたようにビジネス媒体でいくつかの特集が組まれはしたものの、「テクノロジーの進歩が雇用を脅かす」という議論は、ビジネスマンにも経済学者にもあまり人気がないように思えます。『機械との競争』の著者たちも、雇用や所得の動向分析において「テクノロジーの及ぼす影響」がほとんど考慮されていないということを、何度も指摘しています。
 なぜ人気がないかのについては、いくつかの理由を挙げることができるでしょう。
 まずそもそも、ビジネスの世界では新技術を生み出すイノベーターこそが神様のように扱われるのであって、「テクノロジーの急激な進歩」に懐疑を差し向けるような議論は、多くのビジネスマンが就職と同時に刷り込まれる倫理観のようなものに反しており、受け入れ難いでしょう。
 また、「機械に仕事が奪われる」という懸念は歴史上何度も登場していますが[*1]、長い目で見れば、新しい雇用が生み出されて所得が全体として向上しており、悲惨な状態が何十年と長続きしたわけではありません。19世紀初頭には、自動織機に職を奪われると恐れた職人が工場の機械を打ち壊す「ラッダイト運動」が起きましたし、自動車や家電の大量生産が浸透した1930年代には、ケインズが「労働力を節約する手段を発見するペースが、その労働力の新たな利用方法を見つけるよりも速いことにより生まれる失業」、つまり「技術的失業」がこれから猛威を振るうだろうと書いています[*2]。しかしケインズ自身は、長期的にはそれらの問題が解消されるだろうとも言っており、確かに数十年のスパンでみればその通りになったとは言えるでしょう。
 経済学では「労働塊の誤謬」という言葉もあります[*3]。変化しない労働の総量(労働塊)を人間と機械が取り合うという前提であれば、機械に仕事が奪われるとも言えますが、実際には新しい仕事もどんどん生みだされるので、その前提は間違っているとされているのです。
 そもそも経済学における標準的な理解では、機械に投資して資本装備率[*4]が高まれば労働の限界生産性が向上し、つまり1人の労働者が生み出すことのできる価値が増えて所得も増えることになっているわけですが、これも過去の長期的な傾向に関する限り、正しいでしょう。技術の変化によって構造的失業が増えること自体は確かですが[*5]、それは短期的な影響に留まるとされており、長期的には「ミスマッチ」が解消されて、全体が豊かになって行くと信じられているわけです。

*1 19世紀始めに、自動織機に職を奪われると恐れた職人が機械の打ち壊しを行った「ラッダイト運動」は世界史の授業でも習います。大量生産によって自動車や家電が普及してきた20世紀の前半には、ケインズが「労働力を節約する手段を発見するペースが、その労働力の新たな利用方法を見つけるよりも速いことにより生まれる失業」、つまり「技術的失業(Technological Unemployment)」がこれから猛威を振るうであろうと書いています。ただしケインズは長期的にはそのような問題は解消されるだろうとも言っています。
  戦後すぐの経済成長期、ちょうど工場などの「オートメーション化」が進んだ時期にも、おなじような懸念が高まりました。オッペンハイマーなどの知識人グループが1963年に「新しいコンピュータ革命がやがて経済における生産的役割をますます奪いとり、多数の勤労者を失業状態におくだろう」と声明を出していたり、アメリカ政府に設置された「オートメーション、テクノロジー及び経済進歩に関する委員会」が1965年に、技術革新が黒人の職を奪ってしまったことなどを取り上げてして「技術革新が消滅させるのは、労働ではなく、職である」と指摘しています(ジェレミー・リフキン『大失業時代』)。
 その後70年代の後半にはパーソナルコンピュータが登場し、その後企業の業務もデジタル化が進み始めて、80年代の前半には経済学者のレオンチェフをはじめとして「技術的失業」の波がやってくるという議論が相次ぎました。
 90年代には「ニューエコノミー」論の文脈でITが所得格差を広げる恐れが指摘され、「ネオ・ラッダイト(ラディズム)」といった言葉も生まれました。
*2 Keynes, J. M.:Economic Possibilities for our Grandchildren, 1930.
*3 Krugman, P.:Lumps of Labor, New York Times, October 07, 2003.
*4 労働者1人あたりの機械設備の量。最近は、労働者1人あたりのIT資本の量を表す「情報装備率」という言葉もある。
*5 Feldmann, H.:Technological unemployment in industrial countries, Journal of Evolutionary Economics, Online First Articles, 2013.

「格差を拡大する」という観点が重要

 冒頭で触れたように、『機械との競争』の著者たちは、アメリカにおいて企業の利益が増加する一方で、雇用や所得が増えていないことを指摘しています。日本の場合を見てみると、企業の利益がリーマンショックなどを挟んで上下しながらも成長を続けている一方で、賃金(名目)は過去15年間ほど一貫して減少し続けています[*1]。企業が繁栄する一方で、家計はあまり豊かになっていないというのが実情なのです。

【日本における企業の利益と賃金の動向】

日本における企業の利益と賃金の動向

 家計の所得が増えないことの主な理由は、「グローバル化」でしょう。工場は海外へ移転されてしまい、事務作業についても中国のアウトソーシング会社へ発注するなどしてコスト削減を図るのが容易になりました。またこの間、派遣法の改正などもあって、非正規雇用の割合が著しく増加(今年に入っても増加を続けている)しており、これも全体としての賃金抑制の要因の一つでしょう。
 これらに比べて「テクノロジーの進歩」は主題化されることが少ないですが、無関係であるとも思えません。ITの発達がなければ、社内事務を簡単に中国のアウトソース会社に発注できるようにはならなかったでしょうし、正社員が行っていた事務を派遣労働者やアルバイトに任せられるようになったのも、IT化や機械化が進んで事務そのものが単純化したからでしょう。
 単純で付加価値の低い労働が増えるということは、賃金格差が大きくなるということでもあります。この「格差の拡大」という観点のほうが、「機械に仕事が奪われる」という観点よりも重要だと思われます。機械やコンピュータが従来の仕事を自動化すると、単調な事務作業から解放されて「新しいこと」を考えられるようになるクリエイティブな層と、それ以外の(たとえばPCや機械を操作するだけといった)単純労働に従事する層へと、労働者が二極化していくという議論が存在するのです。
 たとえばロバート・ライシュは2000年に出版した『勝者の代償(原題:THE FUTURE OF SUCCESS)』という本の中で、次のように現状を描写しています。情報技術の発達やグローバル化の進展によって、「より高品質の商品を、より安く、より速く」提供することを求める圧力がかつてないほどに高まっており、我々は消費者としては様々な恩恵を得ているものの、その反面で生産者としては“狂乱状態”の競争に晒され、不安定な状況に置かれている。競争が激化すればするほど、「より良い」商品を考案するためにクリエイティブな能力を持った人材への需要が高まって、彼らの賃金は上昇する。しかしその一方で、「より安く」生産するために、単純な労働は機械やコンピュータ、そして新興国の低賃金労働者によって代替される圧力が働くので、所得格差が拡大して労働者の二極化が起きているというわけです。
 なお、テクノロジーの浸透が労働の二極化を推し進めているという傾向については、実証的な研究もいくつか見出すことができます。[*2][*3]

*1 賃金や家計の所得に関する統計は何種類もあるのですが、だいたいどれを見てもトレンドは同じで、1997年・98年の橋本行革の時期から減少を続けています。
*2 Goldin, C. and Katz, L. F.:Long-Run Changes in the Wage Structure:Narrowing, Widening, Polarizing, Brookings Papers on Economic Activity, 38 (2007‒2), pp.135‒165.
*3 池永肇恵:労働市場の二極化――ITの導入と業務内容の変化について, 日本労働研究雑誌, 584, pp.73-90.

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西部邁

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