「技術的失業」について ー テクノロジー崇拝が資本主義を不安定化する?

3組の「勝者」と「敗者」

 『機械との競争』は、格差について面白い指摘をしています。近年のテクノロジーの進化によって、基本的な情報処理を行う仕事が減少していく一方で、需要が堅調なのは「高度に知的な仕事」と「肉体労働」なのだそうです。ITの発達によって、中ぐらいのスキルの知的労働は需要が減っていますが、接客などを含む微妙な肉体労働は案外、機械への置き換えが難しいということです。
 なお、先の『週刊東洋経済』の特集記事でも、2000年から2005年の間に減った職業と増えた職業が集計されているのですが、それによると減った仕事の1位は会計事務員で▲30万人以上、そして増えた仕事の1位は介護職員で+40万人近くとなっています。
 『機械との競争』は、テクノロジーの発達によって3つの意味で「勝者」と「敗者」が生まれ、格差が拡大していると指摘します。
 第一に、「高スキルな労働者」と「低スキルな労働者」の格差です。良質な製品を考えるためのクリエイティブな人材と、低コストでのオペレーションを担う単純労働者とに、需要が二極化していくわけです。
  第二に、「スーパースター」と「それ以外」の格差です。これは、たとえばGoogleやAmazonの例にみられるように「一人勝ち」をする巨大企業の出現が増えているという指摘です。ウォルマートのような小売企業(日本で言えばイオンやセブンイレブンをイメージすれば良いでしょう)に関しても、同じビジネスモデルを広範囲に展開できるようになったのは、ITや機械の充実によって同様のオペレーションを別の場所で実行することが容易になったからで、こうなると独占が生まれやすくなるのです。
 そして第三に、「資本家」と「労働者」の格差です。最新のテクノロジーを駆使した機械設備やソフトウェアなど「物的資本」がビジネスの競争力の源泉になってくるということは、生産プロセスにおける「人的資本」の重要性が相対的に低下するということであり、これはすなわち物的資本の所有者である資本家の取り分と権力が拡大することを意味するわけです。後述しますが、経済学者のP・クルーグマンもこの点を強調しています。

資本主義の不安定化

 三点目の、資本家と労働者の関係はとりわけ重要な問題です。たとえば労働分配率(企業が生産した付加価値のうち労働者の取り分)についていうと、OECDのレポートによれば先進国全体の長期的な傾向として過去30年にわたり一貫して低下し続けており、その主要な原因の一つとして、ITに代表される最新のテクノロジーが労働を代替していく傾向が挙げられています。(下図はホワイトハウスが作成しているもの。)[*1][*2]
 

【アメリカとOECD諸国における労働分配率の長期推移】*3

アメリカとOECD諸国における労働分配率の長期推移

 90年代からグローバル金融資本主義が猛威を振るい、世界経済が不安定化したのは、基本的には金融・資本市場の改革が進められたせいでしょう。しかし、テクノロジーが資本家と労働者の間の力関係をシフトさせ、両者の間で利害の不一致を作り出してきたとすれば、それも資本主義の不安定化の一因であるとは言えるのかも知れません。
 中野剛志氏は著書『恐慌の黙示録』の中で、金融部門と産業部門の「分離」(利害の不一致)が、現代の資本主義社会を不安定化させる根本の原因になっていると論じていますが、それと似ています。機械化やIT化が「熟練」の価値を希薄化し、資本家(や経営者)が労働者との長期的関係を必要としなくなって、しかも資本家のパワーが相対的に強まるのだとすれば、テクノロジーも資本主義の金融化、流動化そして不安定化と無関係ではないと言えるでしょう。(話が脱線しますが、かつて電話が証券取引を加速したように、インターネットが金融市場の流動化を支えることで、不安定化を招いているという側面もよく指摘されるものです。[*3])
 技術史家の中岡哲郎氏は『人間と労働の未来』という著作の中で、近代産業の歴史は技術の発達の歴史であったが、これはすなわち職人の「熟練」が解体されていく過程であったことを意味すると論じています。モノを生産する能力が、労働者から「外化」されて資本(機械)へと乗り移っていくということであり、これは同時に労働者から資本家へと権力が移っていく過程でもありました。また、「熟練の解体」は、職業人としての人生の意味や誇りの喪失(疎外)をも意味しており、中岡氏は菓子職人などのアイデンティティが機械化によって希薄化していく様を、物悲しい筆致で描いています。
 マルクス主義的な物古くさい物言いですが、19世紀や現代の不安定な資本主義社会で起きているのは、まさに中岡氏が描いているような過程であるように思えます。

*1 OECD:Employment Outlook 2012.
*2 Bartlett, B.:Labor’s Declining Share Is an International Problem, New York Times, June 25, 2013.
*3 The White House:2013 Economic Report of the President.より引用。
*4 ウィリアム・H・ダビドウ(酒井泰介訳):つながりすぎた世界, ダイヤモンド社, 2012年.

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西部邁

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