「技術的失業」について ー テクノロジー崇拝が資本主義を不安定化する?

急激に進歩するテクノロジー

 ビジネス誌を開いてみると、いわゆる「ムーアの法則」[*1]に従って現在もコンピュータの性能が向上し続けており、インターネットをベースとした様々なサービスが情報の蓄積と共有を劇的に効率化していて、さらには「ビッグデータ」の解析によってかつては手も付けられなかったような複雑な現象が機械的に解明されるようになってきている……というようなことが毎日のように語られています。そして、従来は「人間にしかできない」と言われていたようなプロセスまで、どんどん自動化が可能になりつつあると報告されています。
 『機械との競争』にも取り上げられている例でいうと、IBMの「Watson」というコンピュータは、自然言語の文脈や暗示的な意味まで含めて理解しなければ回答できないクイズ番組で、人間のチャンピオンを負かすようになりました。また、数年前まで自動車の運転は「複雑すぎて機械では置き換えられない仕事」の代表と言われていましたが、Googleが開発した自動運転車は、無数のセンサーで収集した周囲の情報を毎秒1GBの速度で処理し、完璧な精度で一般道を走行することが可能で、すでに数十万kmの走破実績があります。(道交法に違反しないよう運転席に何もしない人間が座って実験しているそうです)[*2]
 我々の身近にあるものを挙げてみると、同じくGoogleの自動翻訳サービスは無料で使えますが、そこそこの翻訳結果が得られます。私も仕事で、まったく分からないフィンランド語や韓国語などで書かれたウェブサイトを、Googleの自動翻訳で英語や日本語に翻訳して読むことがありますが、だいたいのことは理解できるので重宝しています。くだらないところでは、鼻歌を歌えばそれが何の曲なのかをかなりの高精度で教えてくれるスマートホンのアプリなども存在しますね。

*1 プロセッサの集積度が加速度的に向上し続けることに関する経験則。
*2 動画リンク(英語)

消えてゆく仕事

 これらの技術やサービスが、人間の仕事と同じクオリティに達したとはまだ言えないとか、所詮自動化可能なのは事前にプログラムされたタスクだけであるということは、重要な指摘ではありますがここではあまり問題ではありません。「機械やコンピュータでも、そこそここなせる仕事」が増加する結果として、相対的に労働需要が減少していく場面があるということが問題なのです。
 『機械との競争』の出版後、いくつかの媒体で「技術的失業」の問題が特集されており、テクノロジーの進歩が労働力を不要にしつつある業種や職種が具体的に挙げられています。
 インターネット上の媒体でいうと、たとえばBusiness Insiderが「今後30年で消える職業」と題した記事を掲載しており、農家、郵便の仕分け、縫製、データ入力などの分野で、仕事の大部分が失われていくだろうと指摘しています[*1]。また、Thomas Freyという企業家が、今後姿を消しそうな職業をリストアップして、「2030年までに、世界で20億人分の職が失われるだろう」と論じた記事も話題になっていました。[*2]
 2013年3月には、日本でも『週刊東洋経済』が「2030年 あなたの仕事がなくなる」という特集を組んでいます。最近数年の間にITの浸透などによって数が急減した職業が紹介されており、たとえばPCソフトの充実で会計・経理関係の専門職の需要が減っているといった話にはリアリティがあります。アメリカにおいては、法律文書の作成がPCによって効率化したことにより、弁護士の需要も減る一方だそうです。[*3]
 2013年8月には『日経ビジネス』も「ロボット vs 職人社長」という特集を組んでいて、ラーメン職人や宮大工などの仕事が機械化可能であるかどうかを検討しつつ、吉野家の牛丼盛りつけ機やイチゴ農園のイチゴ摘みロボットなど最新の技術を紹介して、「ロボット化」「コンピュータ化」「既存技術の発達」という3つの側面から、今後「無人化」されそうな業務を例示しています。[*4]
 なお、これらビジネス系の媒体に総じて言えるのは、「時代は急速に変化しているのであり、我々も遅れを取らぬよう危機感を持って自己研鑽に励まなければならない」という、ビジネスマン向けの啓発のようなメッセージに貫かれていることです。
 そもそも『機械との競争』の著者たちもMIT Sloanというビジネススクールの教授であり、Center for Digital Businessという研究所のメンバーですから(私は仕事で出張した際に、その研究所が開いたカンファレンスを聴講して、初めてこの議論を知りました。)、結局のところ「それでもテクノロジーは素晴らしい」「イノベーションを推し進めよう」という結論に変わりはないのです。

*1 30 Jobs That Are Vanishing In America
*2 2 Billion Jobs to Disappear by 2030
*3 オンライン版のリンク(雑誌版よりも内容は限定されている)
*4 オンライン版のリンク(会員制)

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西部邁

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