パッチワーク経済学-リフレ派の幻想-(後編)
- 2015/4/2
- 経済
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リフレ派の幻想③:量的緩和の限界と弊害
リフレ政策が成立するための第三の要件は、日銀のコミットメント通りに量的緩和を続けても弊害が出ないことです。日銀は2%のインフレ目標に到達するまで量的緩和を続けると言明している以上、目標に届かない場合には追加の金融緩和が必要になります。これは公約ですから守らなければなりません。そうでなければコミットメント戦略は頓挫するのです。現在、日銀の物価上昇率見通しでは15年度中は1%であり、16年度にかろうじて2.2%と想定しています。
しかし、昨年10月末に実施された黒田バズーカ第二弾と呼ばれる追加緩和によっても物価は目標とする2%にはるかに及びません。それゆえ、時間をおいて追加緩和に踏み切る事態に陥るでしょう。ただし、現在、量的緩和策として年間80兆円の長期国債の買い切りをし、さらに質的緩和策としてETF(上場投資信託)を年間3兆円買い入れ、また社債およびCP(コマーシャルペーパー)等の保有量は年間5兆円強を維持することになっています。今後さらに量的緩和を拡大した場合、すなわち長期国債の購入額を年間90兆、100兆と増やした場合に弊害が出る危険性が懸念されるのは当然でしょう。
意地の果てのバブル
以上でリフレ政策が成立するための三要件について吟味してきました。しかし、残念ながら、いずれの要件も現実経済において成立することはあり得ないという結論に至りました。最大の問題はリフレ派が経済理論で得た結論を現実経済に無理に当てはめようとしていることです。これは正に経済論理の濫用に他なりません。現実は理論通りにはなりません。
ただし、筆者は量的緩和策をリフレ派とは違った意味で評価しております。それは民間保有の国債を日銀へ移し替えることが国債問題の解決に直結するからです。日銀保有の国債残高は、政府の借金ではありません。政府と日銀は広義の政府部門を構成しているからです。政府のバランスシートに負債として計上された国債は、日銀のバランスシート上では資産に計上されます。両者を足し合わせれば、綺麗に相殺されるのです(国債問題に関しては未だに財政破綻の危険性を訴えている方達もマスコミ人を中心に多いので、その誤りも別の機会に論じましょう)。
筆者の立場からすれば、長期国債の買い切り規模は市場動向を見ながら柔軟に対応すべきであると考えます。量的緩和の行き過ぎによって市場を混乱させては元も子もありません。現在の規模は、明らかに行き過ぎています。短期国債の取引にマイナス金利が発生し、5年物国債の金利も限りなくゼロに近づきました。これは債券市場の上げる悲鳴です。国債発行計画によると平成15年度の新規国債の発行額は約37兆円ですから、日銀が80兆円を買い取るためには金融機関が保有する43兆円分の国債を買う必要があります。これ以上の量的緩和を実施すれば、経済は危険水域に入らざるを得ません。他方、超低金利状態を受けて株式市場は活況に沸いています。いわゆる業績相場から需給相場へと入ってきているように感じられます。
しかし、日銀は2%のインフレ目標が達成されるまで量的緩和を続けざるを得ません。それも一度、2%に届いただけではだめなのです。前年比で2%のインフレが定着するまで続けざるを得ません。黒田総裁は意地でもコミットメントを守らなければならないのです。その果てにあるのは、バブルです。バブルの怖いところは、誰もバブルのはじける時期を予測できないことです。しかし、日本人はその恐ろしさを身に染みて知っているのではないでしょうか。いつか引き締めに転じざるを得ない。そのときリフレ政策の幕が下ろされるのです。国民生活に大きな傷跡を残して。
コメント
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リフレ派だけではなく、財政政策好きの人達が見ているものも幻想だと思いますよ。
大規模な財政政策をずっとやれ、とでも言うのでない限り、公共事業などをしていた人達には再就職先が必要になります。
そしてその再就職先は、緩やかなインフレが続く様な社会でなくては存続が難しい。
では、大胆な財政政策をきっかけにして緩やかなインフレが続く社会になる保障は?
例えば、藤井聡さんによると、政府系の建設投資額と名目GDPには相関性があるそうです。
藤井さんが用意したグラフを見ると、確かに政府が投資を減らすとGDPも減っていた。
つまりは、財政政策好きの人が紹介するグラフにおいても政府がお金を使い、
それが呼び水となって「緩やかなインフレが続く様な社会になる」という事は起こっていないのです。
それなのに「金融政策では駄目だから財政政策を」という様な話がある。
やがて効果が切れそうだという点では同じだろうに。
kobuna さん
先進国の政府支出伸び率と名目GDP伸び率には強い正の相関があります。
http://d.hatena.ne.jp/shavetail1/20150627
一方、そこでは紹介しませんでしたが、リフレ政策を実行している日本におけるMBと名目GDPそれぞれの伸び率の間には相関性はほぼありません。 決定係数<0.1
これらから言えることは、名目GDPを伸ばすには中期的に、かなりの規模での財政政策を継続すべきということだと思います。
私はリフレ政策は経済に一定の効果をもつとは思いますが、それは主に為替を通じたものであり、現在のドル円120円台の水準を超えて、例えば360円を目指しても意味は無いし、上述の通り、名目GDPに効果はないのですから、それだけでデフレ脱却はほぼ無理(理由は青木先生が指摘されています)と思っています。
アベノミクスも、当初の第一の矢の他に第二の矢財政政策も積極的だったころにはデフレ脱却も射程に入ったか、と思ったものでしたが。
青木先生
>現実の企業経営者は、フィッシャーの方程式に基づいて算出される金融市場で決まる実質金利の動向によって実物投資を決定しているのではありません。筆者は長年経済研究に携わってきましたが、そうした経営者を見たことはありません
私もご指摘の通りだと思います。
経営者たちは勿論金利も考慮には入れますが、投資の適不適を判断するために事業価値をNPVで分析するなどの場合、NPVの値に影響をおよぼす多数の因子のうち、想定される因子の予想値の幅が最終的にNPVの振れ幅に与える影響が大きい因子数個に絞り、不確定要素を減らす努力をします。
この、投資判断に影響をおよぼす因子として金利が候補にあがることは金融関係企業は知らず、一般企業ではほぼないのではないでしょうか。 実質金利がゼロからマイナス1%に下がったところで、事業価値に与える影響は軽微です。
それよりも、結果としてデフレ脱却したとすると売上増等々を介してNPVは大きく上昇し、投資に適する事業数は大きく増えるでしょう。
先に実質金利低下があって、デフレ脱却というルートは現実の企業の投資を考えると非現実的なルートだと思います。