平成の将棋ブームを読み説く! ―将棋棋士と「キャラ」

「ジャパネット浦野」の持つ意味

 こうして00年代後半からニコニコ動画を中心に、棋士がネット上で「キャラ」として受容されるようになりました。将棋界にとって次なるエポックメイキングな出来事は、2011年から開始されたタイトル戦生中継です。

 2011年2月6日、ニコニコ生放送にて将棋のタイトル戦の一つ「棋王戦」が初めてネット中継されました。これを皮切りに7大タイトルのうち「王位戦」を除く全てのタイトル戦が、対局開始から終局まで、ノーカット・完全生中継されるようになりました。

 中継ではもちろんプロ棋士による解説が行われるのですが、ここで注目すべきは解説“以外”の時間。将棋の対局には流れがあり、サクサク進むこともあれば、駒の動きがぴたりと止まったまま対局者が長考に沈むこともあります。局面が止まっている間は特に解説することもないので、解説役の棋士が視聴者からのメールに答えるという形でトークをすることになります。

 こうしてニコニコ生放送を媒体として棋士と視聴者との距離感が縮まるとともに、視聴者と運営サイドの相互作用で棋士のキャラが循環的に生成・強化されていくのです。

 これについても分かりづらいでしょうから、実例を挙げます。

 2012年10月、「王座戦」第4局の解説を担当した浦野真彦八段は、解説の合間の時間を使って、得意の話術をたくみに生かしながら自著の宣伝を行いました。たまたまその日の対局は千日手指し直し(引き分けのため対局をやり直すこと)となったため、終局が日付変わって翌日の未明になるという異例の長丁場となりました。

 そうした最中でも、浦野八段は解説とともに自著の宣伝を、通販番組を彷彿とさせるような極めて高いテンションを持続したまま行ったのです。そのため、視聴者の間で「ジャパネット浦野」なるあだ名が自然発生し、運営サイドもやがてこの愛称を公式に用いるようになりました。

 このようにニコニコ生放送においては、肝心の対局内容はもちろんのこと、解説役の棋士にも注目が集まります。そこであだ名などの「キャラ」設定が視聴者から自然発生的に付与され、運営によって公式化されることでネット上でのコミュニティにて定着していくのです(先程の「ひふみん」もユーザーの間で自然発生した愛称であった点を思い出してください)。
 

平成の将棋ブームの決定打「電王戦」

 ニコニコ生放送によって各々の棋士の「キャラ」に注目が集まり、それによってネットユーザーの間で将棋人気が高まっていきました。そしてついに、ネット上での将棋人気を決定的なものとする出来事が起こりました。上でも簡潔に紹介した「電王戦」です。

 人間のプロ棋士とコンピューターソフトとが対局する棋戦、「電王戦」。そもそもは米長邦雄・前日本将棋連盟会長の発案によって始められたものです。

 2012年に行われた第1回電王戦は、当時既に現役引退していた米長前会長とソフトとの1対1形式で行われ、ソフトが勝利を収めました。翌2013年に行われた第2回電王戦は、現役棋士5人と5種類のソフトによる団体戦形式で行われ、ソフト側が3勝1敗1引き分けで勝利。2014年に行われた第3回電王戦も同様の団体戦形式で行われ、ソフト側が4勝1敗でこれまた勝利。人間側は3大会連続で負けとなりました。

 電王戦は第1回から第3回まで全てニコニコ生放送にて生中継され、第2回、第3回ともに累計来場者数は200万人を突破。テレビ、雑誌などのメディアもこぞって特集を組み、電王戦はイベントとして大成功を収めたのでした。

 こうして電王戦の商業的成功がいわば決定打となり、今日の将棋ブームが確固たるものとなったのです。

 かつて昭和の頃、相撲、野球と並んで国民的な娯楽であった、将棋。その将棋が21世紀のネット社会と極めて相性が良かったというのは、なんとも意外な話ですね!

 2015年3月には第4回大会となる「電王戦FINAL」が開催される他、トップクラスの棋士たちが一堂に会して対局を行う「A級順位戦一斉対局」も行われます(もちろん全てニコニコ生放送にて生中継されます)。

 3月はまさに将棋の季節です。本稿をきっかけに読者の皆様がすこしでも将棋に関心を持っていただければ、著者としてこれに勝る喜びはありません。

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西部邁

古澤圭介

古澤圭介フリーライター

投稿者プロフィール

1984年、静岡県生まれ。横浜国立大学工学部卒業。ナショナリズム、ジェンダー論、言語学、映画、アニメ、将棋など幅広い分野に関心を持つ。

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