団塊文芸批評家のずっこけ

 とうとう戦後70年までやってまいりましたね。

 私ども団塊世代は、いわゆる「戦争を知らない」最初の世代ですが、それでも幼いころ、いろいろな意味で敗戦日本という未曽有の事態の濃密な影を背負って育ってきましたから、自分の個人的な生活史が「あの戦争」と地続きであるという感覚が多少ともあるのです。団塊世代はとかく評判が悪いですが(それは菅直人氏などを見ているとまことにもっともなことと思いますが)、敗戦からの地続き感覚だけは、あの戦争について語る上でメリットとして利用できると私などは考えているのです。

 前回、このサイトで、『永遠の0』を取り上げました。今回の拙文は、その付録のようなものとして受け取っていただいてけっこうです。

〇〇主義に拘ると、自分の感情も見えなくなるという好例

 これから語るのは、加藤典洋(かとう・のりひろ)氏という団塊世代の文芸批評家に対するささやかな批判です。しかもその批判材料は、普通の読者があまり目に留めないようなごく小さな文章です。なので若い方たちには興味が湧かないかもしれません。でも彼のことをかつてよく知っていた私にしてみると、あの加藤がついにこんなバカなことを言うところにまで成り下がったか、という思いをぬぐえないのです。それは彼が変わったという意味よりも、時代が変わり、その時代の変化に立ちむかう彼と私とのスタンスが修復不可能にまでに開いてしまったと言った方が適切でしょう。
 
 加藤氏の文章とは、2014年7月に出された『特攻体験と戦後』(中公文庫)という本の解説文です。この本は、特攻隊長として南島に赴任し出撃直前に終戦を迎えて肩すかしを食った頃の体験を、『出発は遂に訪れず』などの作品に結晶させた作家・島尾敏雄と、『戦艦大和ノ最期』の著者・吉田満との対談本です。この対談が行なわれたのは1977年という古い時期であり、1981年に中公文庫から出版されていますが、このたびいくつかの文献が増補されて「新編」として再出版されました。
 この本を勧めてくれたのはある友人ですが(彼に感謝)、それは加藤典洋批判とはまったく別の動機からでした。そうしてこの本自体は、あの特異な時期のことを考えるのにとても参考になるよい本です。しかし加藤氏の解説文の一部に私は大きな違和感を持ったので、見捨てることができなくなったというわけです。

 さて加藤氏は、百田尚樹氏の『永遠の0』について、「なかなかに心を動かす、意外に強力な作品と、そう受けとめるほうがよいのではないかと感じた」と述べ、次のよう書いています。

ここで注意をひくのは、「できるだけイデオロギーを入れない」で「生きること」と「戦争を風化させない」ことをテーマに特攻体験者の物語を書き、事実多くの人を感動させた百田が、同時に、「南京虐殺はなかった」と述べ、「憲法改正と軍隊創設」を主張するウルトラな右翼思想の持ち主でもありえている、ということである。
 これまでこういうことはなかった。とすればこれは新しい現象だとうけとったほうがよい。

 ではどういう意味で「新しい現象」と言えるのかについて、加藤氏はさらに続けます。

もはや小説の「感動」というものの質が、というよりは意味が、変わった。人は、それなりの準備をすれば、しっかりと人を感動させる小説を書くことができる。しかし、それは書き手がその感動の質につながる考え方の持ち主かどうかとは別なのである。(中略) 彼(百田――引用者注)のあり方をそのままに受けとれば彼は右翼的イデオロギーの持ち主なのだが、それを「入れ」れば人を動かすことができない、それを排した方が人をより広く深く感動させることができる。これが彼の考え、準備である。

→ 次ページ「自分の感動を正直に受け取れなくなるほど、思想に縛られることの悲しさ」を読む

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西部邁

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