『日本式正道論』第三章 仏道

第五節 鎌倉仏教・鎌倉旧仏教

 鎌倉仏教とは、平安時代末期から鎌倉時代にかけて発生した仏教変革の動きを指します。その中で、浄土宗・浄土真宗・臨済宗・曹洞宗・時宗・日蓮宗(法華宗)を鎌倉新仏教と呼びます。この鎌倉新仏教に対し、旧仏教(南都仏教)の中にも新しい動きが生まれました。これを鎌倉旧仏教と呼びます。

第一項 天台宗の慈円

 慈円(1155~1225)は、鎌倉時代初期の天台宗の僧です。
 歌人として後鳥羽上皇に高く評価される一方、日本国のあるべき姿を説き明かそうとして1220年頃に史論書『愚管抄』を著し末法思想を示しました。末法思想とは、末法に入ると仏教が衰えるとする思想のことです。末法とは、仏法の行われる時期を三つに分けた三時のうち、最後の退廃期のことです。その末法思想において、道理が語られています。文中には道理という文字が頻発し、江戸時代には「道理物語」と呼ばれました。道理という言葉は、様々な意味で使用されています。『日本の名著9(中公バックス)』にある大隅和雄の補注を参考にすると、道理の意味を次のように分類できます。
 第一に、〈御孝養アルベキ道理〉というように、人が践み行うべき道徳的に正しい道という意味があります。第二に、〈タゞ一スヂノ道理ト云事ノ侍ヲ書置侍リタル也〉や〈世ノ移リ行道理ノ一通リヲ書ケリ〉というように、筋道・理屈という意味があります。第三に、〈三世ニ因果ノ道理ト云物ヲヒシトヲキツレバ〉というように、因果(の道理)という意味があります。第四に、〈仏法王法マモラルベキ道理〉や〈コレ又臣下出クベキ道リ也〉というように、各道理の相対的な把握の上で、それらを超える社会的な基準(としての道理)という意味があります。第五に、〈ウツリマカル道理〉や〈何事モサダメナキ道理〉というように、道理は世の移り変りに従って変化して行く(という道理)という意味があります。これらの道理の意味を踏まえて、『愚管抄』の中でも重要と思われる「道」の用例を見ていきます。
 [巻第三]では、〈加様ノ次第ヲバ、カクミチヲヤリテ正道ドモヲ申ヒラクウヘハ、ヒロクシラント思ハン人ハカンガヘミルベキ事也〉とあります。こういうふうに順々になってゆく歴史の次第を順を追って、正しい道を申し明らめる上は、広く歴史を知ろうとする人は参照し、反省して見るべきであるということです。
 [巻第五]では、〈文武ノ二道ニテ國主ハ世ヲオサムルニ〉とあります。
 [巻第六]では、〈コレハヲリヲリ道理ニ思ヒカナヘテ、然モ此ヒガ事ノ世ヲハカリナシツルヨト、其フシヲサトリテ心モツキテ、後ノ人ノ能々ツ丶シミテ世ヲ治メ、邪正ノコトハリ善悪ノ道理ヲワキマヘテ、末代ノ道理ニカナヒテ〉とあります。この書ではその折々の道理に考えを合わせて、しかもこんな誤ったことが世を滅ぼそうとして事をたくらんだのだと人々にその節々を理解させ心を行きとどかせて、のちの人がよくよくつつしんで世を治め、邪と正との道理、善と悪との道理をわきまえて末の世の道理に適うように書いたというのです。
 [巻第七]では武力について、〈チカラノ正道ナルカタハ、宗廟社稷ノ本ナレバ、ソレガトヲルベキニヤ〉とあります。武力の使用が正しい道理に従って行われるということは、国家の大本なので通るべきだというわけです。歴史を貫くものとしては、〈コレニツキテ昔ヲ思ヒイデ今ヲカヘリミテ、正意ニヲトシスエテ邪ヲステ正ニキスル道ヲヒシト心ウベキニアヒ成テ侍ゾカシ〉とあります。昔のことを思い出し、現在のことを顧みて、世の中を正しい考えにもとづくように帰着させ、邪を捨てて正に帰する道をしっかりと理解すべきだというのです。歴史を顧みて判断するということが重要だということです。そこで、君は臣を立て、臣は君を立てて世を治めていくという道理を基として、〈コノ道理ニヨリテ先例ノサハサハトミユルト、コレヲ一々ニヲボシメシアハセテ、道理ヲダニモコ丶ロヘトヲサセ給ヒナバメデタカルベキ也〉と語られています。道理によって先例を明白に理解することができるのですから、それを事にあたっていちいち考え合わされて、道理を理解してその筋を通したなら、たいへん立派な世となるであろうと語られているのです。

第二項 法相宗の貞慶

 貞慶(1155~1213)は、平安末期から鎌倉初期の法相(ほっそう)宗の僧です。戒律を厳守し、旧仏教の改革を提唱しました。
 『愚迷発心集』には、〈実にこの身を念(おも)はんと欲せば、この身を念ふことなかれ。早くこの身を捨てて、以てこの身を助くべし。徒らに野外に棄てんよりは、同じくは仏道に棄つべし〉とあります。身を捨ててこそ、身を助けることができるということです。ただし、ただ捨てるのではなく、仏の道にこそ身を捨てるべきだとされています。そこで、〈我進んで道心を請ふ〉と述べられているのです。
 また、『興福寺奏状』では、〈まさに知るべし、余行によらず、念仏によらず、出離の道、ただ心に在り〉とあります。出離とは、迷いを離れて解脱の境地に達することで、仏門に入ることです。仏の道は、心に在るのだと語られています。

第三項 華厳宗の明恵

 明恵(1173~1232)は、鎌倉初期の華厳(けごん)宗の僧です。
 『摧邪輪』では、〈我、口業(くごう)を以て、讃嘆説法して、皆わが化(け)を受け、言下(ごんか)に道(どう)を得ん者をして尽さしめん〉とあります。明恵は、言葉と行為をもって仏教の教義を説き聞かせ、道を得る者に尽くすと述べています。
 『却癈忘記』では、〈惣テ聊モ菩提心ナドアリテ仏道ヘヲモムキヌルニハ、身命ナドハモノ、カズニテモ候ハヌ也〉とあります。仏の道に赴くには、体や命などはものの数ではないとされています。
 『梅尾明恵上人伝記』では、〈清浄の欲と云ふは仏道を願ふ心也。仏道に於いて欲心深き者、必ず仏道を得る也〉とあります。仏を願う心が清浄で深いならば、仏の道を得ることができるというのです。そこで、〈日々に志を励まし、時々に鞭をすゝめて、大願を立てて、善知識の足下に頭をつかへて、身命を惜しまずして道行を励ますべし〉とあり、日々志を持って過ごし、時には厳しく、大願を立て、善き知識に頭を垂れ、身体や生命を惜しまずに道を行くことが勧められています。そのため、〈実に生死を免れんと思ひ給はば、暫く何事をも打ち捨て、先づ仏法と云ふ事を信じて、其の法理を能々弁へて後、せめて正路に政道をも行ひ給はば、自ら宜しき事も候ふべし〉と語られています。生死の迷いから逃れたいならば、仏法を信じて法理を弁えて、正しい道に政治を行い、自ら実践すればよいというのです。
 『梅尾明恵上人遺訓』には、〈人は阿留(ある)辺(べ)幾夜(きや)宇和(うわ)と云ふ七文字を持(たも)つべきなり。僧は僧のあるべき様、俗は俗のあるべき様なり。乃至、帝王は帝王のあるべき様、臣下は臣下のあるべき様なり。此のあるべき様を背く故に、一切悪きなり〉とあります。人間の「あるべきよう」が、その各々の立場において、あるべき様として語られています。そして法師(仏法に通じ人々を導く師となる者)に対しては、〈只心を一にし、志を全うして、徒らに過す時節なく、仏道修行を励むより外には、法師の役はなき事也〉とあります。心を一つにし、志を全うし、時間を無駄にせず、仏の道を修行するより他はないとされています。

第四項 華厳宗の証定

 証定(1194~?)は、鎌倉初期の華厳(けごん)宗の僧です。
 『禅宗綱目』では、〈修行するところの理、宜しくこれに順じて、乃ち心を起して悪を断じ、善を修せず、また心を起して道を修せざるべし。道即ち心なり、心を将(も)つて還つて心を修すべからず。悪もまた是れ心なり、心を将つて還つて心を断ずべからず。不断不修、任運自然なるを、名づけて解脱の人とす〉とあります。道は心なのだと語られています。そこにおいては、善悪ともに心であり、自然なままの状態である人が解脱した人なのだとされています。

第五項 真言律宗の叡尊

 叡尊(1201~1290)は、鎌倉中期の律宗の僧です。蒙古襲来で神風を祈願しました。
 『興正菩薩御教誡聴聞集』には、〈我心ヲ聖教ノ鏡ニアテ見ルニ、教ニ背クトコロヲバ止メ、自ラアタルヲバ弥(いよいよ)ハゲマシ、道にスヽムヲ学問トハ申ナリ〉とあります。自分の心を聖なる教えに映してみて、教えに背くことを止め、自分に合うところを伸ばし、道へと進むのが学問だというのです。中道については、〈空有ニ着セズシテ空有ヲ失ザルヲ本意ト為ス、即中道也〉とあります。ここでの中道は、一切のものは唯識所変のもので、非有非空の中道であることを言います。

第六項 華厳宗の凝然

 凝然(1240~1321)は、鎌倉時代後期の東大寺の学僧です。
 『華厳法界義鏡』には、〈妙有これを得て、しかして有ならず、真空これを得て、しかして空ならず、生滅これを得て、しかして真常たり、縁起これを得て、しかして交映たり。菩薩これを得て、遐(はる)かに誓願を発し、広く業行を修し、無住の道に遊歴し、有涯の門に通入す〉とあります。流転生滅する迷いの世界において、華厳の真理観によると、菩薩は誓いを立てて修行し、自在無礙の道を巡るのだとされています。

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西部邁

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