アマゾン・アンリミテッド閲覧不可の本当の問題

IT企業はブラックボックス

 アマゾンが鳴り物入りでスタートした、電子書籍の読み放題サービス「アンリミテッド」に暗雲が垂れ込めております。月額980円で和書12万冊、洋書120万冊以上が読み放題との触れ込みも、一部の漫画作品が閲覧不可となり、次々と「読めない枠」が広がり、いまでは講談社、光文社、小学館など雑誌社単位へと拡大しています。新聞各紙も騒動を報じ、私自身も産経新聞にコメントを求められましたが隔靴掻痒感は否めません。なぜなら「推測」でしか記事が書けないからです。

 IT系の取材での最大の障壁は「守秘義務」です。企業間の契約は守秘義務の塊といっても良く、仮に内部文書を入手し公開しても、公益性が認められなければ損害賠償の対象となりかねません。企業内に協力者を得ても、入手した伝聞情報をまるまる報じることは困難。職務の性格上、社員やスタッフは会社と「秘密保持契約」を結んでおり、ネタ元となった協力者が訴えられることになりかねないからです。

 だから蓋然的な情報で骨格を作り、情報源に迷惑がかからぬ程度で関係者の話を引用し、専門家の意見で飾り付けをするから、どうしても「ぼんやり」とした記事になってしまうのです。というわけで、本稿もそうした「周辺情報」からながら、ビジネスにおける「一般常識」を補助線に、「アンリミテッド騒動」の舞台裏に迫ってみます。

契約大国と口約束業界

 今回の騒動にも必ず「契約」が存在しています。この手の契約には、突然の変更が予め契約に盛り込まれているはずで、それを確認しなかった出版社の落ち度、とみるのが自己責任を前提とする商取引の基本です。そこには守秘義務が明記されており、仮に契約内容を公開したとすれば、出版社が責めを負うこととなります。無断公開に対する違約金でも設定されていたなら、弱り目に祟り目。

 ただし、商取引において契約は絶対的な存在ではありますが、双方が合意すればいつでも結べ、変更も解約ができます。つまり、出版社とアマゾンが、新たな取り決めに合意していれば「閲覧不可」にはならなかったということです。結果はその反対。すると、最初の契約には、今回の状況が織りこまれていたという結論ということです。企業間取引において、契約社会といわれる米国生まれの企業アマゾンが、一枚上手だったとみるべきでしょう。いまだに「口約束」が横行する出版業界の体質も裏目にでたのかもしれません。

 さらに合意に至らなかった契約変更の内容を考えてみます。「アンリミテッド」を普及させるためには品揃えが重要で、出版社や著者の理解を得るためにアマゾンは、年内限定で彼らへのインセンティブを上積みしていたとされ、その枯渇が閲覧中止の理由とみられています。人気作品から順次閲覧中止になっていたことからの推論ですが、これだけでは今回の騒動を説明しきれません。上積み分の廃止だけで両者が合意できたのなら、出版社は平常運転の使用料を得て、アマゾンはラインナップを維持することで利用者増加を期待できるWin=Winの関係が成立するからです。

アマゾンという会社

 ここでアマゾンという会社を確認しておきます。アマゾンは今年の四月、配送料の無料中止を発表し、ネットには「悲報」の惹句が踊りました。有料会員制の「アマゾンプライム」への移行を促すためだとの推測記事が溢れましたが、そもそもアマゾンは配送料をこまめに変更する会社です。日本上陸直後は「1500円お買い上げで送料無料」を打ちだし、ネット通販業界に衝撃を与え、その後、期間限定として送料無料を打ち出し常態化させるも、商品によってはしっかり配送料を徴収していました。こまめな利益計算をしている証拠です。

 アンリミテッドのセールスポイントは、定額制の読み放題。利用者×980円が、インセンティブの原資となります。上乗せしたインセンティブとは「販促費」で、出版社や作家への支払いは仕入れ値に該当する「原価」です。投じた販促費以上の成果が得られているなら販促費を増加すれば良いだけのこと。原価を上回る売り上げがあれば、薄利多売でも販売は継続できます。反対に二つの合算値が、売り上げの範囲内に納まらなければ赤字です。結論は後者で、上乗せ分が利用者増加に結びつかず、人気作品に利用者が集中した結果、他の作品や出版社へ支払うお金が不足しかねない状況に陥ったということでしょう。そこで事前に盛り込んでいた「契約」を盾に自社の利益確保にアマゾンが走った、と見るべき。営利企業が利益を優先するのは当然のことです。

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西部邁

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