『日本式正道論』第二章 神道

『うひ山ぶみ』

 最後に、本居宣長の68歳のときの作品である『うい山ぶみ』における道を見てみます。
 道について、〈まづ神代紀をむねとたてて、道をもはらと学ぶ有、これを神学といひ、其人を神道者といふ〉とあります。神々の時代を学ぶことを神学と言い、学ぶ人は神道者と呼ばれています。
 学ぶべき道は、〈そもそも此道は、天照大神の道にして、天皇の天下をしろしめす道、四海万国にゆきわたりたる、まことの道なるが、ひとり皇国に伝はれるを、其道は、いかなるさまの道ぞといふに、此道は、古事記書紀の二典に記されたる、神代上代の、もろもろの事跡のうへに備はりたり、此二典の上代の巻々を、くりかへしくりかへしゆおくよみ見るべし〉とあります。日本に伝わる天照大神の道は、『古事記』と『日本書紀』を繰り返し読むことで得られるのだとされています。
 道を学ぶことについては、〈さて道を学ぶにつきては、天地の間にわたりて、殊にすぐれたる、まことの道の伝はれる、御国に生れ来つるは、幸とも幸なれば、いかにも此たふとき皇国の道を学ぶべきは、勿論のこと也〉とあります。日本にはまことの道が伝わっている幸運があるのだから、道を学ぶのだと宣長は言います。
 道について、『直毘霊』や『玉勝間』と同様に、下の者が善悪によらずに従うことと私心の否定が語られています。〈そもそも道といふ物は、上に行ひ給ひて、下へは、上より敷施し給ふものにこそあれ、下たる者の、私に定めおこなふものにはあらず〉ということです。ただしそこでは、〈されば神学者などの神道の行ひとて、世間に異なるわざをするは、たとひ上古の行ひにかなへること有といへども、今の世にしては私なり〉と述べられています。昔をそのまま、今に適用するということではないのです。ここで、道は私心ではなく公心であるという考えが述べられています。〈道は天皇の天下を治めさせ給ふ、正大公共の道なるを、一己の私の物にして、みづから狭く小く説なして、ただ巫覡などのわざのごとく、或はあやしきわざを行ひなどして、それを神道となのるは、いともいともあさましくかなしき事也〉とあり、道は正しく公共のもので、巫女などの怪しい業などを神道というのは間違いだと語られています。正しい公共の道は、その時々に適う必要がありますから、〈すべて下たる者は、よくてもあしくても、その時々の上の掟のままに、従ひ行ふぞ、即古の道の意には有ける〉とあり、時代ごとの上のおきてに従うべきことが語られています。そこにおいて、〈学者はただ、道を尋ねて明らめしるをこそ、つとめとすべけれ、私に道を行ふべきものにはあらず〉という牽制がかかります。上のおきてには、私心が入ってはならないのです。
 要は、〈古をしたひたふとむとならば、かならずまづその本たる道をこそ、第一に深く心がけて、明らめしるべきわざなるに〉ということです。古に親しむなら、その本当のところを追求して明らかにするべきだと宣長は言うのです。

第五項 平田篤胤

 平田篤胤(1776~1843)は、江戸時代後期の国学者です。江戸へ出て独学で国学を学び、本居宣長の没後門人となっています。当時伝来してきた洋学などの知識や在来の儒教・道教・仏教を援用して皇国の優越性を主張し、復古神道を鼓吹し、幕末の尊王攘夷運動に影響を与えました。
 平田篤胤は『古道大意』において、〈一体此方ノ説ク古道ノ趣ハ、謂ユル天下ノ大道デ、則人ノ道デアル故ニ、実ニハ此ノ大御国ノ人タル者ハ、学バズトモ、其ノ大意グライハ、心得居ベキハズ〉と述べています。古道とは、天下の道であり人の道でもあるのですから、日本人なら学ばずとも、その大まかなところは心得ているというわけです。
 古道は、〈一体真ノ道ト云モノハ、事実ノ上ニ具ッテ有ルモノ〉とあるように、事実の上に具わって有るものが真の道なのです。具体的には、〈真ノ道ト云モノハ、教訓デハ其旨味ガ知レヌ。仍テ其古ヘノ真ノ道ヲ知ルベキ、事実ヲ記シテアル。其書物ハ何ジヤト云フニ、古事記ガ第一〉とあり、事実が記してあるとされる『古事記』に、その根拠が求められています。
 では何故、道は道でも古道なのでしょうか。それは、〈真ノ道ヲ行ク人ト云モノハ、其ノ先祖ノ美ヲ撰ビ論メ、其事ヲ明カニシテ、後世ニ著レルヤウニ為モノジヤ〉との理由からです。つまり、先祖の美しいところを後世につなげるためです。ここに、道が古道であり、古道でなければならない理由があります。
 さらに、真の道が、人間の真の道であることも語られています。〈人間ニ生レルト、生レナガラニシテ、仁義礼智ト云ヤウナ、真ノ情ガ、自ラ具ッテイル。是ハ天ツ神ノ御賦下サレタ物デ、則是ヲ人ノ性ト云フ。此ノ性ノ字ハ、ウマレツキト訓ム字デ、扨夫ホドニ結構ナル情ヲ、天津神ノ御霊ニ因テ、生レ得テイルニ依テ、夫ナリニ偽ラズ枉ラズ行クヲ、人間ノ真ノ道ト云フ〉とあります。人間には生まれつき仁義礼智という情が具わっているとされています。これは、天津神から授かったもので、人の性質だと語られています。その生まれ持った性質を天津神によって、それなりに偽らずに曲げず行くことが人間の真の道だというのです。それに加え、〈自分バカリデモ無ク、人ニモ語リ聞スノガ、是モ人間ノ真ノ道〉と語られています。自分だけではなく、他人にも語って聞かせることで、はじめて人間の真の道がありえるというのです。
 『玉襷』では、〈皇神の道の趣は、清浄を本とし汚穢を悪み、君親には忠孝に事へ、妻子を恵みて、子孫を多く生殖し、親族を睦び和し、朋友には信を専らとし、奴婢を憐れみ、家の栄えむ事を思ふぞ、神ながら御伝へ坐せる真の道なる〉とあります。皇神の道は、清浄を基にして汚穢を悪とします。その上で、皆が仲良くすることで共に栄える真なる道なのです。
 最後に、『霊の真柱』にある道の賛歌を二つほど載せておきます。

  うべなうべな我が皇大御国の、古伝の正実にして、
  真の道の伝はり、また古語の麗く、世人の声音も言語も雅にして、
  万国に比類なきことよ。

  青海原、潮の八百重の、八十国に、つぎて弘めよ、この正道を

第五節 幕末の国学運動

 本居宣長・平田篤胤らの門人、あるいはそれらの学統に属する人たちによって、幕末以降も国学の運動は続きます。そこでは、神の「道」の伝統も続いて行きます。

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西部邁

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