『日本式 正道論』序章 世界と国家と人生、そして道

第五節 言乃葉

 国家の持つ思想体系は、多くの要素を統合した歴史と伝統から構成されています。この中で言葉は、非常に重要な要素の一つです。
 心は言葉によって、世界に対して作用します。言葉は、感情、意志、考えなどを伝え合うために必要な共有財産です。意見の同意どころか意見の対立のためにも、共通で共有の通約可能な言葉がなければならないのです。世界を構成するものは、言葉によって構成されるのです。ですから、国家を構成するものも言葉によって構成されます。この言葉を用いて、人間は関係を築いていくのです。言葉は、それ自体で一つの思想の様式なのです。
 そこで、国家間で言葉が異なれば、それは思想の様式自体が異なるということになります。これは大きな違いです。それゆえ、ある国家が、その国特有の言語体系(ただ一つの言語にしろ、ある複数の言語群で構成されているにしろ)を備えているということは、その国家が、明確で特異な様式を持ち、その様式によって国際関係、つまりは世界に臨んでいるということになります。言葉は、国家の境界線に強く作用する要因の一つなのです。
 ただし、仮に世界が単一言語、例えば日本語しかない状況や、英語しかない状況、あるいは中国語しかない状況や、エスペラント語だけしかない状況だったとしても、国境線が引かれ、世界に複数の国家が存在するようになることが予想できます。同一言語を母国語とする人同士でも、あらゆる要素で関係したり無関係になったりするのですから。さらに、関係した上で敵になったり、友になったりもするのですから。
 例えば、同一言語内における二つの異なる集団が、「正しい」という言葉が指し示す状況を別様に見なしているならば、それらの集団が共に生活することは極めて困難になります。ですから、国家間の相違が言語の相違性に及ぶ場合、国家の境界線が強く作用する傾向がある、とは言えると思います。ですが、もっと根本的なことは、人間は言葉によって様々な境界線を引くということです。その中でも、いくつもの境界を統合した大枠の境界として、国家という重要なあり方が考えられるのです。国家はそれぞれに、各々の正しさを持ち、それは他国の正しさとの関係の間で調整されるのです。

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西部邁

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