思想遊戯(6)- パンドラ考(Ⅰ) 水沢祈の視点(高校)
- 2016/5/24
- 小説, 思想
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第四項
それから私は、郁恵ちゃんに会いに行くときなど、さりげなく佳山君を気にするようになりました。
郁恵ちゃんはあまり気づいていないようですが、佳山君はかなり変わった人だということが私には分かってきました。
例えば、修学旅行。
修学旅行中には、私と佳山君にはほとんど接点がありませんでした。でも、修学旅行後にまとめの資料作成があり、優秀者の資料は読めるように展示されていました。私の資料と佳山君の資料は、展示対象になっていました。私は人気(ひとけ)がないときを狙って、佳山くんの資料を読んでみました。
そこには、あまり綺麗とは言い難い字で、独特の文体で旅が綴(つづ)られていました。
僕は、高台から夕日を見た。
修学旅行という特別な状況がそうさせるのか、この夕日は僕の胸に届いた。赤く染まる景色は、高台からの美しい景色をさらに美しく、そして少し不気味に浮かび上がらせた。
僕は、旅の終わりを思った。この旅が終われば、いよいよ受験というものがリアルに迫ってくる。だから、そんなことは旅の最中は考えない方が良い。
でも、考えてしまう。僕は、何を考えているんだ。今はただ、この景色を心に刻んでおくべきなんじゃないか?
ああ、僕はこの赤い景色に飲み込まれたい。でも飲み込まれずに、つまらないことを考えている僕がいる。僕は、自身の未来を想った。この先の人生を想った。
僕は、まだ僕の人生が見通せていない。満足からは程遠い。僕は、僕の人生を想う。そのために、今は旅の景色を心に刻む。今は、それしかできない。
私は衝撃を受けました。
彼は、私とはどこか違うと感じられました。それと同時に、どこかとても近いとも感じられました。
読む人が読めば、青臭い文章だなと思うのかもしれません。でも、私には、この文章を書いた人の気持ちが分かるような気がしたのです。この人は、本当にこのように考えて、このように書いたのだと私には思えたのです。ですから、青臭い文章などではなく、とても恐ろしい文章だと感じてしまったのです。
大げさな表現かもしれませんが、そこには、なんらかの闇が見えたのです。人は闇を怖れるものです。でも、闇を見据えて、それでも前へと進む人がいるのです。私は怖れました。闇も、彼も。
もしかしたら、彼は危険な人物なのかもしれません。私にとって、危険な人物なのかもしれません。そのような予感が浮かびました。仮にそうだとしても、彼に近づかなければよいだけです。近づかなければ、危険は私にはやって来ないのです。
でも、私は、彼に興味を持ってしまったのです。
ある日、佳山君が進路指導室から出て来るところを見かけました。もう、三年生はあまり出入りしなくなる時期です。私は少しためらいましたが、彼が出て行った進路指導室に恐る恐る入ってみることにしました。
進路指導室には、指導員の女性の先生がいました。私は「失礼します」と言って中へ入って行きました。
指導員「あなたは三年生?」
祈「いえ、二年・・・です。」
先生は少し驚いた風でした。
指導員「めずらしいわね。この時期に。」
祈「そうですか?」
指導員「ええ、ついさっきも、二年の男子が来ていたのよ。早めに進路を決めようっていうのは、良い心がけよね。」
祈「そういうものでしょうか?」
指導員「うん。この時期に来る子は、自分の考えをちゃんと持っている子が多いのよ。だって三年生でも、まだ色々と迷っている子の方が多いくらいだしね。」
私は、テーブルの上にある資料が気になりました。
祈「あの、この資料は?」
指導員「ああ、さっき来ていた男子が見ていた資料よ。片付けは私がやるからそのままで良いよって言って、そのままになっているの。」
祈「そうなのですか。」
私は興味ないという様子を装いながら、その資料をチェックしました。各大学とその学部の一覧が載っている資料です。彼は、すでに自身の進路の目星をつけているのでしょう。彼は、自分の人生をきちんと考えている、この事実は、私を動揺させました。
指導員「あなたは、どういったことを知りたいのかしら?」
先生に言われ、私はとっさに答えました。
祈「失礼します。」
そう言って、私は逃げるように進路指導室から出て行きました。
私は、彼を知りたいと思いました。もしかしたら、私の内の悪魔がささやいたのかもしれません。
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