思想遊戯(6)- パンドラ考(Ⅰ) 水沢祈の視点(高校)

 私の言葉に、郁恵ちゃんはさらに赤くなりました。郁恵ちゃんは、身長が167cmくらいでスラッとした細身の女性です。小顔で目つきは若干きつめの印象を受けますが、十分に美人顔だと思います。
祈「誰かな? クラスの男子?」
 私は、郁恵ちゃんに質問をたたみかけます。
橘「えっと・・・。いいじゃん、私のことは。」
祈「良くないよ。私は、告白されたことも、それが中条くんだってことも正直に言ったよ。郁恵ちゃんも秘密はなしにしようよ。」
 そう言って、私は自分の心が冷えていくのを感じました。なにが、秘密はなしにしよう、でしょうか。私は秘密だらけです。誰にも言えない、誰にも言わないことを胸の内に抱えて生きています。白々しいにもほどがあります。こんなとき、語った言葉と胸の内のへだたりに、私は自分の内に棲まうものの存在を感じるのです。
 郁恵ちゃんは、そんな私の心内には気づかずに、恥ずかしそうに言います。
橘「誰にも言わない?」
祈「言わないよ。約束する。」
 私は郁恵ちゃんの目を見て答えました。郁恵ちゃんは、勇気を振り絞っているようでした。
橘「ええとね、同じクラスの、佳山智樹くん。今、席がとなりなんだ。」
 そう言って恥ずかしそうにはにかむ郁恵ちゃんは、とてもかわいらしく感じられました。
 ああ、郁恵ちゃんは恋をしているのです。私はそんな郁恵ちゃんを見て、不思議な気持ちになりました。この気持ちは、羨望なのでしょうか? それとも、嫉妬なのでしょうか? 私の気持ちを、私は量りかねていました。
 それはそうと、佳山君って、どんな人でしたっけ?
祈「佳山くんって? ごめん、私、よく知らないや。どんな人なのかな?」
 郁恵ちゃんは、恥ずかしそうに話し出しました。
橘「うん。佳山くんって、そんなに目立つ方じゃなくて。どちらかというと、よく本を読んでいておとなしい感じなんだよ。でも、部活も一生懸命やっているみたいで。それで、成績もわりと良くて。身長も私より高くて、ほら、私ってけっこう背が高いでしょ。やっぱり、彼氏とかは私より背が高いのにあこがれるっていうか・・・。」
 郁恵ちゃんは、嬉しそうに話しています。
 私は、衝撃を受けていました。ああ、郁恵ちゃん。あなたは真っ当だね。俗な言い方をすれば、素敵な青春だね。恋が実るにしろ、良い思い出に変わるにしろ、それはどちらも素敵なことだね。
 私は、一瞬だけ、彼女をまぶしく感じました。一瞬だけですが。
 その一瞬の後、私の中がざらつきました。私は、何か嫌なものになったのかもしれないと思いました。
 私は、きっと、とても醜い。
 ねえ、郁恵ちゃん。郁恵ちゃんは、スラッとして美人だよね。私は151cmだから、167cmの郁恵ちゃんと並ぶと、身長差があるよね。私はもうちょっとだけ身長がほしかったし、郁恵ちゃんはもう少し低い方が良かったって言っていたよね。二人を足して割るとちょうど良い感じかもだね。
 ねえ、郁恵ちゃん。私たちは、友達だよね? だって、スラッとした美人の郁恵ちゃんに、私も釣り合っているでしょ? 私たち、中学は別々だったけど、高校に入学して、同じクラスになって、友達になったよね。郁恵ちゃんから、私に声をかけてくれたものね。学年が上がって、別々のクラスになっちゃったけど、それでも友情は続いているものね。
 郁恵ちゃんは、私以外の女子にも声をかけて、みんなで仲良しグループになったよね? 私たちのグループは、良いグループだったよね? そうだよね? 
 だって、メンバーのレベルが高かったものね。郁恵ちゃん、そうだよね?
 うん。分かっているよ。そういうものだよね。特に女子のグループって、そうだよね。郁恵ちゃんのしたことが、意識的にそうしたのか、それとも無意識でそうなったのか、そんなのはどうでもいいことだよね。私も、どうでもいいことだと思うよ。そんなこと、気にする方がおかしいって。
 でも、少しだけ気になるの。
 だって、今回は見付かってしまったから。だって、帰ろうとしたとき、あんな風に誘われたらバレバレだものね。もう少し、気をつかってもらいだいものだよ。あんな風だと、バレバレだから。だから、報告が必要になってしまったのだし。だから、郁恵ちゃんも待っていてくれたのでしょ?
 うん、私は郁恵ちゃんのこと、ひどいなんて思ってないよ。本当だよ。ただ、郁恵ちゃん自身も気づいていない郁恵ちゃんの特性に、私は気づいてしまっているだけなの。だから、私は、ただ単にその分かっていることを、私の胸の内にしまって、友達づきあいを続けているだけなの。だって、そうするより、他には何もないでしょう? 私が気づいていようがいまいが、私たちの友情には、何も変化はないはずだよ。だって、無意味でしょう? 少なくとも、郁恵ちゃんにとっては。
 だから、後は、私の心持ち次第なんだ。
 私ね、けっこうもてるの。知っているでしょう?
 だからね、今までも何回か告白されたことがあるけど、断ってきたの。知らないでしょ?
 でも今回は、誘いがみんなのいるところだったし、ばれちゃったけどね。多分だけど、中条くんは自信があったんじゃないかな? でもちょっとだけ保険もかけたんだと思うよ。だから、友人を使って私を呼び出したんだと思うの。
 嫌な言い方をすれば、中条くんは優良物件だったかもだよね。なんで私は断ったのかな? すぐに思いつく理由は、付き合ったら色々とめんどうなことになりそうだったから。それは、その通りだと思うよ。でも、それだけじゃないの。だって、そのめんどうなことって、私にとってはどうでも良いことだから。どうでも良いことなのだけれど、私に残っている良識が、面倒なことを無意識的に避けてしまっているのかもしれないとも思うんだ。
 ああ、ごめんね。郁恵ちゃん。郁恵ちゃんが色々と話してくれているのに、それに相槌を打っているけれど、私は頭のなかで、こんなことを考えていたの。でも、気づかないでしょ? 大丈夫、郁恵ちゃんは、今、恋する乙女だものね? 恋する乙女は盲目なんだよ?
 そっか、郁恵ちゃんの好きな人って、佳山智樹くんっていうんだ。へえ~、そうなんだ。それは、良く覚えておかなくちゃだね。そうでしょ? 郁恵ちゃん。

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西部邁

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