思想遊戯(5)- 桜の章(Ⅴ) 散る桜

第三項

祈「どうしたの? 智樹くん。」
智樹「えっ? 何が? ああ、水沢か。どうしたの?」
 英語の授業の後、水沢が僕に声をかけてきた。珍しいな。
祈「どうしたのじゃないよ。何か、今日の智樹くんは変だったよ。」
 僕は、思わず笑ってしまった。
智樹「何がだよ。全然変じゃないよ。どうしたの?」
 水沢は、少し怒った風に言った。
祈「だから、どうしたのじゃないよ。智樹くん、何か変だよ。」
 水沢がいつもとは違う真剣さで僕に詰め寄る。困ったな。
智樹「ちょっと、場所を変えようか?」
 僕らは、カフェへ行くことにした。前に、一葉さんと話をしたところと同じ場所だ。僕はアールグレイを頼み、水沢はカプチーノを頼んだ。席に着いて、僕は水沢と向き合った。水沢は、なんか僕を睨んでいる。
智樹「そんなに睨まないでよ。」
 水沢は、目線を逸らせた。
祈「睨んでないし。」
智樹「そっか・・・。」
 なんか、気まずい空気になる。僕は、素直に話してみることにした。
智樹「まあ、確かに、いろいろあった・・・かな?」
 水沢は、また僕を睨んだ。
祈「何が…、あったの?」
 僕は、遭遇した出来事を語ろうとして、固まった。いったい、あれを、どう語れば良いのだろうか?
智樹「なあ、水沢。」
祈「何?」
智樹「得体の知れないものに出会ったとき、どうしたら良いんだろうな?」
祈「何の話?」
智樹「まあ、うまく言えないんで、例え話だよ。良く分からないものに出くわしたら、どうしたら良いんだろうって話。」
 水沢の頭にハテナマークが見えた気がした。
祈「よく分からないけど・・・、逃げるか、戦うかじゃないかな?」
智樹「逃げるか・・・、戦うか・・・。」
 僕は水沢の言葉をオウム返しに繰り返した。不思議なことに、頭が急にクリアになっていく感じがした。僕は混乱の極みに達していて、霧の中でまったく動けなくなっていたみたいだ。
 確かに、逃げるか戦うかだよ。そうだよな。そりゃそうだよ。僕は、霧の中で目を凝らして、何とか道を見つけ出したような気がした。その道は、二股に別れていて、一つは逃げるという方向へ、もう一つは戦うという方向へと続いていた。もう少し冷静に考えれば、この二つ以外にも道はあるんだろうけど、僕は立ち止まって考えるよりも、この分かれ道へと歩を進めることにした。もちろん、逃げるという選択肢はなしだ。だとしたら、残る道は戦うことだけじゃないか。
 僕は、水沢の手を握った。
智樹「水沢。」
祈「えっ、な、何?」
智樹「ありがとう。」
祈「え、何が…かな?」
智樹「いろいろと。」
 僕は、手を放した。
祈「えっ? えっ? あっ・・・。」
 水沢は、僕の手を見ている。
智樹「それじゃ、色々と考えてみなくちゃいけないこともあるし、もう行くね。」
 水沢は、僕を見た。僕は手を挙げて、じゃあ、と合図した。
智樹「いろいろ、ありがとう。またね。」

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西部邁

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