デマと自浄作用と政治デマ〜熊本地震と東日本大震災のデマを検証する

デマを騒ぐマスコミ

 熊本県を中心に、九州全域に揺れが拡がった熊本地震。本稿執筆時には万単位の避難者がいて、一日も早い日常への復帰を祈るばかりです。

 4月14日の「前震」の発生直後からネット上には様々な「デマ」が飛び交いました。「ライオンが逃げた」と夜のビル街を闊歩するライオンの画像がツイートされ、ゴリラやチンパンジーが逃げたと尾ひれがつきます。「川内原発が火事になった」や「韓国人が井戸に毒をいれた」というものまであり、一部のメディアは執拗に取りあげ問題視しました。

 しかし、マスコミが騒ぐほど深刻なものではありません。論理的に否定するネットユーザーの投稿によりデマが否定される「自浄作用」が働いたからです。東日本大震災の時と比べると自浄能力は雲泥の差で、SNSの活用に慣れているユーザーが増えたからでしょう。身も蓋もない話ですが、平時でもSNS上に「デマ」は多く、フラットな立場でSNSを利用していると、真贋を見分ける能力が身につくのです。一方で、SNSの普及を背景とした「デマ」も、熊本地震では確認されています。今回は熊本地震と東日本大震災における、ネット上での「デマの変化」を追います。

ネタ投稿と善意のSNS

 ネット上でデマが生まれる理由は3つあると考えます。まず「愉快犯」。フォロワー(友だち)に注目させるため、ありえない話しを投稿する「ネタ投稿」とも呼ばれるもので、「ライオンが逃げた」はこのパターン。好ましいことではありませんが「韓国人が井戸に毒」も同じで、日頃から「嫌韓」をネタにしている連中にとって、新鮮味のない放言だからです。

 愉快犯にはすぐに自浄作用が働きます。これは「日常」と同じ。「ライオン」は、30分もせずに否定され、「韓国人」も前震の翌朝には、ネット上から消えていました。いまどき「井戸」は一般的ではなく、世論調査において対韓感情の悪化が報告されていますが、だからと「毒を流す」といった荒唐無稽な陰謀説を信じるほど、愚かな日本人は多数派ではないからです。被災地の子供から食糧を奪ったと自慢するデマもありましたが、これもすぐにネタと特定されました。なお、川内原発の火事を伝えるツイートに添えられた写真には「ゴジラ」が映り込んでいました。

東北マッドマックス

 東日本大震災では、棚が倒れ下敷きとなり、腸が飛び出しもうすぐ死ぬ・・・とTwitterで「実況中継」する某IT企業の社員がいました。心配した何人ものユーザーが、消防庁に救急出動を要請し、1秒が生死を分ける救急救命の現場を煩わせる「実害」が発生しています。同じ頃、東京湾岸部のコンビナート火災により有害物質が浮遊し、関東一円に降り注ぐという「デマ」が、数日間ネット上を浮遊していました。極めつけは「東北マッドマックス」です。

 東北のある観光地は、陸の孤島になり果て、わずかな食糧でも奪う強盗団が街を闊歩し、女性はみな襲われ、男性でも容赦なく被害にあう映画「マッドマックス」のような世界になっているというデマです。名指しされたその地域では、被害の軽微な回転寿司屋は、震災直後から元気に営業しており「マッドマックス」の世界などありえません。まったくの事実無根のデマで、観光地にとっては「風評被害」です。当時の自浄作用は弱く、さらに「性被害者は黙っているので真実が伝わらない」と「善意溢れるネットユーザー」が推測(デマ)で加工し拡散。いまもネット上では、事実であるかのように記録されています。

溺れる者はデマをはく

 「デマ」が生まれる理由の2つめは「善意」です。東北マッドマックスも同じ理由。

 熊本地震でも12人の女性が、性被害にあったというデマが拡散されました。ネットユーザーが最寄り警察に確認すると、その事実はなく、具体的な被害人数を、SNSで拡散していた美容師が「犯人」扱いされていましたが、これもまたデマ。彼は震災当時、はるか遠い地に住んでいたからです。被害を減らすため、どこかで聞きかじった話しを確認もせず、溢れ出す「善意」から拡散していたということです。

 「善意」が、真贋を確認する手間を省略させます。池で跳ねた鯉の波紋を、人が溺れていると錯覚し、ろくに泳げないのに救助せねばと飛び込み溺れ、騒動を大きくするようなタイプが、災害時にデマを拡散します。熊本地震では、早期に自浄作用が働き、風評被害までには至っていないのは幸いです。

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西部邁

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