近代を超克する(19)対リベラリズム[2]西欧古代

プラトンとポパー

 プラトン、アリストテレス、キケロの述べている「自由」についての意見は、妥当であると思われます。自由を賛美することは、独裁による隷属に繋がるか、逆に欲するままに振る舞うことで無秩序を招くという危険性が認識されているからです。
 ちなみにプラトンの民主制批判および自由批判は、大筋において正しいと思われますが、プラトンの掲げる哲人王の政治(優秀者支配制)が正しいわけではありません。
 その点において、プラトンの敵対者としてカール・R・ポパー(Sir Karl Raimund Popper, 1902~1994)を挙げることができます。ポパーの『開かれた社会とその敵』では、プラトン批判が繰り広げられています。ポパーが述べている「哲学者王」批判は、頷ける部分があります。

 われわれはプラトン自身以外の誰も真の守護者心得の秘密を知らず、その鍵ももたないことが分かる。だがこれが意味しうることは一つだけである。哲学者王とはプラトン自身であり、『国家』はプラトン自身の王権要求である。

 表現の誇張が見られるとしても、この見解には見るべきところがあります。
 しかし、哲学者王の政治を否定したポパーが、民主主義(民主政治)を賞賛していることには注意が必要です。彼は政治問題における理性の使用によって、民主主義だけが暴力抜きの改革を許容する制度的枠組を与えると述べています。人間であり続けたいと望むならば、唯一の開かれた社会への道があるのみだというのです。
 この抽象的で具体性を欠いた民主主義の肯定意見では、プラトンの民主制批判に対する反論になっていません。民主制の問題点を解決する論理も提出できていません。そもそも、民主主義は暴力による革命を平然と行います。
 つまり、プラトンの『国家』と、ポパーの『開かれた社会とその敵』は、互いの掲げる政治制度を批判する形になっており、その批判がそれなりの妥当性を有しているため、互いが推奨している政治制度がどちらも致命的な欠陥を抱えることが明らかになっているのです。それゆえ、プラトンの言う意味での哲人王の政治と、ポパーの民主主義は、ともに選択肢から除外されることになります。


※第20回「近代を超克する(20)対リベラリズム[3]キリスト教における自由意志」はコチラ
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西部邁

木下元文

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投稿者プロフィール

1981年生。会社員。
立命館大学 情報システム学専攻(修士課程)卒業。
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