下卑たオヤジを笑え!そしてそうはなれない自分も笑え!?―ドクター非モテの非モテ教室(その五)
- 2015/3/11
- 文化
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「ミソジニー」は実は「オヤジニー」だった。合点していただけたでしょうか。
妹:そうしたことはフリートークなんかでちらちら出てくるだけなので説明しにくいんだけど、同コーナーの冒頭で語られた伊集院のトークを、ちょっと引用してみましょう。
いわゆるエロ話、エロ話なんだけれども、ガッハッハなオヤジの言うようなキッツいキッツいエロ話あるじゃないですか。
「後家さんの股ぐらからソロバンが出て来たってさ。あははははははは!!」みたいヤツはキツいですわ、もう。何だ後家さんてっていう。
そういうの聞くに堪えなくて、「それを聞くのが嫌でやめました、バイト」みたいことも我々多感な時期にはありますんで。(2004年3月15日放送分)
難しいね、エロは。
何が難しいって言ってもね、エロ温度があわないエロほど嫌なモノはないってことなんですよ。
(中略)
多分さ、金歯のちょび髭オヤジとかに「すみません、面白いエロ話教えてください」って言うとさ、「止めてくれもう!!」っていうような、「勘弁してくれ!!」みたいなヤツを言うと思うんだよね。芸者と錦鯉が出てくる話みたいのすると思うんだよね。「お願いだからやめてくれ」っていう感じになると思うんですよ。
それはやっぱり楽しめない。俺も楽しめないし、聞いてるアンタもさあ、楽しめないでしょ。
「錦鯉がいたとさ! あは! あははははははっ!!」なんていうやつは無理でしょ、俺もストーリーの想像が全然ついてないですけども。
「肌襦袢がさあ!!」って言われてもさ、何だよ肌襦袢ってなっちゃいますから。(2004年2月16日放送分)
博士:う~む、単なるジェネレーションギャップという気もするの。
妹:それもあるでしょうけど、それだけじゃないわ。
助手:エロをギャグにするにしても、そこに性に対する憧憬、畏怖があるか、そんなものを失って乱雑に扱っているかの違い、って気がするな。
妹:そう、あなたたちの言う「ミソジニー」は実は「ミソジニー」ではなく、「オヤジ嫌悪」、つまりは「オヤジニー」だったのよ。
博士:な……何が言いたいのじゃな?
妹:つまり、あんたたちが「ミソジニー」と称して叩いている童貞的心性は、実は「オヤジ嫌悪」にもつながっている。逆に言えば「ビッチ」に対する嫌悪感をミソジナスな心性として否定するなら、それは「一人の女性を愛する潔癖症的心理」をも否定することになるってことよ。
助手:つまり、「ミソジニー」を批判するフェミニストたちは、実は「女性とやるために、自分の中の感性や情緒を捨て去ったオヤジをこそ肯定しているのだ」みたいな話? 前にもちょっと名前を出したけど、本田透的だなー。
妹:日本のフェミニストのドン、上野千鶴子が『朝日新聞』の人生相談で性に悩む男子中学生に対して
経験豊富な熟女に、土下座してでもよいから、やらせてください、とお願いしてみてください。(中略)わたしの友人はこれで10回に1回はOKだったと言っています。
などと言っていたことも思い出すわね*2。
博士:う……上野は、その……さすがにフェミニストの中でも、その……トリッキーな言説を多用し……その、あの……。
助手:そりゃちょっと、言い訳できないでしょ。そもそもあれだけ「マッチョな男」を糾弾しておきながらこんなことを言って、しかもオタクも叩くんだから!
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