組織拡大の「反動」
しかし、イスラム国の今後には疑問も湧いてくる。たとえば言葉や文化、伝統が違う者たちが一定の期間の間に集結し、同じ目標に向かって問題なく行動できるものか。またバグダディ以下、複数の幹部が数万とも言われるグループを上手く統率・維持できるのか。
実際、今日のイラクにおいても、イスラム国は完全に優勢に立っているわけではない。イスラム国はバグダッドへの攻勢を強めてはいるものの、依然としてバグダッドをコントロール下に置くには至っておらず、またイラク軍の全勢力と比較しても、イスラム国が全面衝突でイラク軍に勝てる可能性は低い。
全面衝突になれば、イランがイラク軍へさらなる支援をするだろう。また、民族構成上もイラクはシーア派が多数を占める国家であり、「シーア派政権打倒」を掲げるイスラム国の拡大には大きな壁がある。
さらにイスラム国はアルカイダが掲げるグローバルジハードや、初期のイスラム国家への回帰を目指す「サラフィー主義」を強く唱える者を抱える一方、世俗的な価値観を基本とし、単にイラク政治の改革を目指すに過ぎない地元スンニ派勢力も多く参加している。
よって彼らと関係を維持することは、イスラム国が領域を支配するうえで死活的に重要であるものの、それとどこまで関係を維持できるかは不透明だ。たとえばイスラム国が財政的に弱体化して戦闘員に十分な支払いができなくなり、内部から反イスラム国感情が高まって統率力が低下することも十分あり得る。
グローバル化のリスク
だがこれらを踏まえても、今日の国際テロ情勢は9・11テロ時より不透明な、不確実性を強く帯びたものとなっていることは明白だ。
アルカイダコアはビンラディンを筆頭に多くの幹部を失ったことで弱体化している一方、その他の組織や個々人による活動は活発化し、近年の脅威としての国際テロ情勢を形成してきたのはむしろ後者である。
たとえば米国は近年、米国の安全保障にとって最も直接的な脅威は9・11テロを実行したアルカイダコアではなく、イエメンのAQAPであるとしていた。
また、米国ランド研究所から二〇一四年に発表された報告によると、アルカイダなどサラフィージハーディスト集団の数は、二〇一〇年の三十二から二〇一三年には五十一と増加しているとされる。
各地に拡散して国際性を帯びるイスラム過激派や、冒頭で紹介したようなホームグローン・テロリストのような個々人による事件、それらを.ぐネットワーク、さらにはそのブランドやイデオロギー……。
今日、我々は以前より対処することが難しいテロの脅威に直面している。我々はこのグローバル化社会のリスクというものを改めて認識しなければならない。
今後、国際社会によるイスラム国への圧力は一層増していくことが予想される。仮に米国を中心とする有志連合とイラク軍などが、イスラム国の破壊を目的とする軍事的な掃討作戦を全力で実行すれば、イスラム国は支配する領域を失い、軍事的・財政的・組織的に弱体化するだろう。
しかし我々が懸念しなければならないのは、イスラム国はもともと領域を持たない多国籍集団であり、国家のように支配する領域を失い、また組織的に破壊されたからといってその脅威は消えないことである。「見えにくい脅威」という非国家主体から始まった存在でありながら、領域を支配するという「見える脅威」の要素を兼ね備えた組織、イスラム国。国際社会がイスラム国を物理的に弱体化させたとしても、今度はより「見えにくい脅威」として国際社会の前に存在することとなるだろう。
イスラム国やアルカイダなどは、国家以上に適応性(アダプタビリティー)と柔軟性(フレキシビリティー)に優れた脅威であることから、一旦破壊されても次に国家のコンロトールが脆弱なところ、また今後そうなる可能性がある場所を聖域として探すことになる。
闘いは長期化する
これは9・11以降のアルカイダがイエメンやソマリア、イラク、シリア、サハラ地帯などに拡散化しようとした経緯からも明らかであり、また場合によってホームグローンなど自らの国内にその細胞が芽生えるリスクもある。
オバマ大統領は、イスラム国との闘いは長期戦になるとの見方を示し、イラクとシリアで米軍主導の空爆を実施している。もし米国がイスラム国への対処で地上軍による攻撃を開始した場合、それによって米国にはイスラム国やアルカイダ特有の多くのリスクが生じることになる。
米国の地上軍投入は、言い換えればアルカイダトラップ(Al QaedaTrap、前が見えない闘いに米軍が陥り、血を流すことになる罠)に米国がかかることを意味する。そのため、ソマリアやイエメンで実施している無人機による攻撃などの〝light footprintstrategy〟(深い足跡を残さない軍事戦略)に沿ってIS軍事戦略を進めていくしかないのが現状だ(もちろん、今後の展開は予測が難しい)。
グローバル化のリスクが創出したイスラム国という産物──。これに対処することは簡単なことではない。
この記事は月刊WiLL 2015年3月号に掲載されています。他の記事も読むにはコチラ
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