『山月記』の印象も変わる
それでは、国語の読解能力はどうでしょうか。
私は、高校の現代国語の教科書で取り上げられる文学作品の中では、中島敦の『山月記』が好きでした。唐代中国の李徴という秀才が発狂し、最終的には虎になってしまうという話です。
高校時代の私は、10代の青年の多くがそうであるように、死(とそれによって反照される生)への関心が強くありました。そんな私は最初に『山月記』を読んだとき、この作品のテーマは「理性的主体の喪失という極限状態に晒されたインテリの悲劇」なのだと思いました。虎の姿になってしまった李徴は、いずれ心まで虎になってしまう(=理性的主体の喪失=人間としての死)。鋭敏な知性は、近い将来自らが確実に消滅してしまうと分かっていて、なお鋭敏な知性でいられるのか。『山月記』を読んで、そのことばかり考えていました。
しかし大人になって『山月記』を読み返してみると、印象が変わるのです。例えば
己の珠に非ざることを惧れるが故に、敢て刻苦して磨こうともせず、又、己の珠なるべきを半ば信ずるが故に、碌々として瓦に伍することも出来なかった。
という一文。
高校生時代にももちろんこの一文は目にしていたはずなのですが、当時はこの文が言わんとしていることが掴めず、したがって印象に残らなかったようです。しかし大人になり、それなりに人生経験を積んだ今読んでみると、この言葉はとがったガラスの破片のように、グサリと心に突き刺さってくるのです。
私事で恐縮ですが、私のこれまでの半生を振り返るに、私は積極的に何かをなそうとするタイプの人間ではありませんでした。学業は平均よりかは出来るほうでしたが、睡眠時間を削ってまでひたすら勉強に打ち込んだ経験はありません。大学を卒業してからも、特になにかに打ち込むわけでもなく、ぷらぷら過ごしていました。一時はひきこもっていたこともあります。
私は怠惰な人間だったのでしょうか。それもあるでしょうが、今思うとやはり社会から自分の能力を否定されるのが怖かったのだと思います。まさに「己の珠に非ざることを惧れる」です。
このように(あまりありがたくない)経験を積んだことで、学生時代にはピンとこなかった箇所も「分かる」ようになります。これは間違いなく、加齢によってもたらされる恩恵です。
というか、高校の国語の教科書に載っているような文章は、むしろ社会人になってから読んだ方が良いのではないでしょうか。高校生にはまだ早すぎるような気すらします。
「ラティフンディア」って説明できますか?
国語とならんで教科書を読み直してみたい科目が、世界史です。
歳をとったせいで用語を覚えるのがしんどくなるからダメかと思いきや、意外にも世界史は30代になってからのほうが理解が深まる科目です。
10代のころ、世界史の勉強といえばとにかく用語をひたすら暗記することでした。例えばローマ帝国の箇所では、年号、皇帝の名前、その他もろもろを一生懸命覚えましたよ。「ラティフンディア」だとか「マルクス・アウレリウス・アントニヌス帝」(長すぎて逆に印象に残っている!)だとかね。
でも、それはあくまで個々の用語を暗記しているというだけのこと。例えば「ラティフンディア」という言葉は覚えていても
「ではそのラティフンディアとは具体的にどのような制度であり、どのような経緯で崩壊したのか説明してください」
と問われると、もうお手上げでした。
今なら、この問いにもちゃんと答えられます。
ラティフンディアとは安価な奴隷を大量に使役する大土地経営のことであり、それが崩壊したのは征服地の減少に伴う奴隷供給の低下により奴隷が高価になり経営が行き詰ったからです。
こういう風にスラスラ答えられるようになったのは、社会人経験を重ねたおかげで、社会全体の動きを10代のころよりもイメージしやすくなったことが関係しています。
世界史の教科書を読んでいると、今なら
「ふんふん、そうだよね。戦争捕虜を奴隷にするわけだから、征服戦争が一段落しちゃたら新しく入ってくる奴隷も少なくなって値段も高騰しちゃうもんね。それなら奴隷じゃなくてビンボーな農民(コロヌス)を使った農業(コロナートゥス)に必然的に移らざるを得ないもんね。分かります」
という感じで、すんなりと腑に落ちる。
皆さんも世界史の教科書を読み直してみてください。絶対に学生時代より「分かる」はずです。
2014年、日本人男性の平均寿命がはじめて80歳を突破、「人生80年時代」が本格的に到来しました。それならライフスパンは昔よりゆったりしたものになっていいはずです。
冒頭に述べたとおり、「吾三十にして学に志す」でもいいんじゃないっスかね。かく言う私自身、恥ずかしい話ではありますがこの歳になってようやく勉強することの本当の楽しさに目覚めたところですから!
勉強っていうのはね、むしろ30を過ぎてからが楽しいんですよ。
2
コメント
この記事へのトラックバックはありません。
この記事へのコメントはありません。