「殉愛」を読んで、やしきたかじんの生涯をおさらいしてみる

「隆仁」と「たかじん」どちらにも馴染めなかった生涯

 これらの騒動を追いかけるうちに、私はたかじんの生涯に興味を持つようになり、インターネット動画や書籍等を調べるようになりました。というのも、前章で私は「殉愛」を「たかじんの闘病記」と表現しましたが、その内容はあくまでも未亡人が主人公であり、実態は「たかじんを看病する未亡人の奮闘記」であるからなのです。たかじんに関する纏まった記述は第二章の二十頁足らずのみで、その生涯を知るには不十分な分量でありました。

 探してみると、「殉愛」発売の少し前、平成二六年九月に出版された「ゆめいらんかね」(小学館・角岡伸彦)に辿り着きました。その頁を繰り始めてすぐに、たかじんがこれまで明かしていなかった、しかし氏の生涯を大きく方向付けたであろう出自に関する記述を見付けることができました。少し長くなりますが引用します。

 車一台がギリギリ通ることができる路地に接して、三軒続きの長屋が建っている。築半世紀は経っているだろうか。路地を歩くと、家族の会話が聞こえてくる。この典型的な下町の一角で、やしきたかじん(本名・家鋪隆仁)は生まれ育った。

 戦後間もない四九年十月五日に、たかじんは大阪市西成区で産声を上げた。男ばかりの四人きょうだいの次男である。生前、たかじんは大阪市出身であることは公表しても、西成区で生まれ育ったことを言わなかった。(中略)たかじんは芸能界に身を置いてから、西成や家族について周囲に語ることはほとんどなかった。そこには出自にかかわるコンプレックスがあったのではないか、と古い友人は語る。

 後に詳しく述べるが、たかじんは二十歳前後のときに、フォークソング・グループに参加している。グループのメンバーが証言する。

 「みんなでキャンプに行こう言うて行ったけど、雨が降ってきたので仕方がないから、やしきの家で飲んでた。そのときにあいつが『実は親父は韓国やねん』て泣きながら言うたことがあるんですよ。親父が在日韓国人というのはコンプレックスになってたんでしょうね。当時のことやから、就職のことなんかを考えると、しんどいなというのはあったと思うんです。」

 父親は子供の将来を案じ、妻とは籍を入れなかった為、姓である「家鋪」は母親のものであることも明らかにされていて、たかじんが自らの出自に対して、非常に大きな葛藤を抱いていたことを窺わせるエピソードです。ただ、所謂暴露本のような低劣な記述ではなく、その筆致はあくまで淡々としております。角岡氏の文章は、たかじんに寄り添うようでいて、生涯「在日の息子」であることを告白しなかった事実に対しては、なぜ政治や経済などの問題を取り上げるような社会派を気取りながらその事実を公表しなかったのかと手厳しいものとなっています。これは著者である角岡氏自身が、部落出身であることを公言するライターであることに起因するのでしょうし、角岡氏だからこそ説得力を持つ指摘だと言えると思います。

 また、たかじんは大学生時代に新聞記者を志すものの、父親に猛反対され勘当される経験をしております。更に、たかじんは「殉愛」主人公の未亡人との前に二回結婚しておりますが何れもうまく行かず、数年してほぼ家には帰らなくなり、賃貸物件に一人で住んだり、行きずりの女性と暮らしたりしていたということです。芸能人でよく聞くようなエピソードですが、彼の生涯が家庭的な紐帯に馴染めなかったことを感じさせます。

 芸能活動に関しても、ちぐはぐさが拭えないような印象を受けます。歌手として活動する一方、名が売れたのはラジオパーソナリティとしての話芸であり、自ら著した著書や、テレビ番組の中でも、「儂は歌手や!」と自虐ギャグを度々披露しています。また、ディナーショーで自律神経失調症になり救急車で運ばれたであるとか、サングラスを掛けて歌うのは観客をまともに見れないからであるとか、歌うときはいつも震える等という告白があったりと、自らが本業と考えていた歌手業に対しても、一貫して馴染めなかったことが窺えます。

 テレビ番組や夜の北新地でのたかじんの豪放磊落さは、彼が公私ともに自分の境遇に馴染めないことを韜晦する振舞いであったのではないかと推察しています。

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西部邁

小菅 拘一

投稿者プロフィール

会社員、読書家。昭和57(1982)年生まれ。東京都葛飾区在住。戦後日本の陥った状況を「物語の喪失」と捉え、その取戻しに資する書物の探索と読書とその箚記付けに勤しんでいる。

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